スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『声ガ聞コエル(後編)(負)』(小説)

 5
 昼休みが終わる直前になって、美愛ちゃんは帰ってきた。教室のドアが開く音がしたから確認したら、美愛ちゃんだったのだ。
 彼女の後ろから、数名の男子生徒が駆け込んできた。時間ギリギリまで遊んでいて、急いで来たのだろう。いかにも素行の悪そうな顔をした、五人組だった。正確な名前は知らない。
 って、そんなことはどうだっていい。今は美愛ちゃんだ。
 僕は美愛ちゃんを凝視することにした。彼女が自身の席に戻ってくる間も、視線は離さない。クラスメイトたちが『キモい』だなんだ騒いでいるが、ほとんど耳に入らなかった。
 美愛ちゃんが僕の横を通過した時、僕はハッとした。
 ……み、美愛ちゃん?
 美愛ちゃんは泣いていた。教室に来た時からうつむき気味だったから不思議には思っていたけど、まさか泣いていたなんて……。
 動揺が走った。
 ……どうすればいい? 僕は……どうすればいいんだろう?
 泣いているということは、なにか美愛ちゃんに悲しいことがあったんだ。それは間違いない。けど、僕になにができる?
 チャイムが鳴り、五限の授業が始まったが、僕はそれどころではなかった。後ろに座っている美愛ちゃんのことが気掛かりでしょうがない。
 意識は常に彼女に向けられている。
 すると、脳内に声が響いた。
『……助けて』
 美愛ちゃんの声だった。それも、苦しみを形にしたかのような、かすれた声だ。
「っ?」
 僕は思わず背後を振り返りそうになった。が、今そんなことをしたら目立ってしまうので、思いとどまった。
 代わりに、脳を激しく回転させる。
 ……今のは? 美愛ちゃんの心の声だよね? 聞き間違いじゃ……。
『……助けて』
 聞き間違いなんかじゃない。美愛ちゃんは確かに、心の声で助けを求めてる。
 そのSOSに気づけるのは、僕だけだ。僕だけが、彼女の本心を聞き取れるんだ。
 授業がなんだ。周りの目がなんだ。僕の美愛ちゃんが困ってるんだ。だったら……。
 意を決し、僕は美愛ちゃんのほうを向いた。一度唾を飲み込んでから、『……どうかしたの?』と、囁きかけた。
 美愛ちゃんは少し驚いた顔をした後、今度は自らの口で言った。
「……助けて」
「!」
 心臓が騒いでいる。緊張だか興奮だか恐怖だかわからない感情が、心臓を不規則に動かしている。
「どういうこと?」
「…………今、授業中だから、紙に書いて渡すね」
 美愛ちゃんは目元を拭い、そう言った。
「……わかった」
 僕は一旦、顔を前に戻した。後ろから、ペンを走らせている音が聞こえる。
 落ち着け、僕。冷静に状況を整理するんだ。
 美愛ちゃんが泣いている。四限までは普通だったから、昼休みになにかがあったんだ。なにか……泣くほど悲しいことが。
 怒りが込み上げた。僕の美愛ちゃんを悲しませたなにか、あるいは誰かに、憤る。
 よくも……よくも美愛ちゃんを……。
 拳を握り締めていたら、右肩を美愛ちゃんにつつかれた。どうやら紙を書き終えたらしい。
 僕はすぐさま振り返った。美愛ちゃんからルーズリーフの切れ端をもらい、そこに書かれたことを読んでいく。
 …………。
 絶句だった。
 そこには、あまりに衝撃的なことが書かれていた。
『わたし……襲われたの。』
 文面はそう書き出されていた。
 襲われた。
 襲われたのだ、美愛ちゃんは。昼休みに。体育倉庫で。服を脱がされた。が、その時はなんとかそこまでで済んだそうだ。
 誰に襲われた? 『あいつら』だ。
 『あの五人』だ。
 僕は教室内に視線を走らせた。先刻、美愛ちゃんと一緒に教室に入ってきた五人の男子生徒。彼らの顔を、順に眺めていく。いや、睨んでいく。
 こいつらが美愛ちゃんを襲ったのか。許せない。僕の美愛ちゃんを……僕の美愛ちゃんに、酷いことをしやがって。
 今にも五人に飛びかかりそうだった。やつら一人一人の喉を噛み切ってやりたい。目玉を抉り、踏みつぶしてやりたい。
 ガタッと小さな音がした。美愛ちゃんの椅子が揺れたのだ。そちらに目を向けると、美愛ちゃんが震えていた。やつらにやられたことを紙に書いたせいで、恐怖がよみがえったのかもしれない。
「大丈夫だよ」
 僕は美愛ちゃんに言葉を紡ぐ。
「僕が君を守るから」
 そう、僕が君を守ってあげるよ。必ず。
 今僕が『あの五人』になにもしないのは、この後にそのための舞台が用意されているからだ。美愛ちゃんからの手紙によると、彼女は放課後に、五人から呼び出されているらしい。『体育倉庫に来い。来ないとさらに酷いことをするぞ。』と。
 次に美愛ちゃんが五人に会った時、『服を脱がされる』では済まないはずだ。恐らく、それ以上のことが行われる。最低で最悪の行為が。
 だが、そんなこと僕がさせない。体育倉庫に集まったやつらは、僕が全員、この手で……。
 ガタッと、再び美愛ちゃんが震えた。目を見開き、固まっている。
「大丈夫だよ」
 もう一度告げ、僕は授業に戻った。頭の中では、どうやって五人に制裁を加えてやろうか考えたまま。

 6
 放課後。
 体育館に隣接された体育倉庫に、僕はいた。跳び箱の陰に隠れ、息を潜めている。HRを抜け出し、来たのだ。
 『やつらを待ち構えるために』。
 手には野球部の部室から拝借した金属バットを持っている。銀色のこの棒が、もうすぐ赤く染まるだろう。五種類の血液によって。
 しばらくして、美愛ちゃんがやって来た。首を配し、視線をさまよわせている。僕を探しているのだろう。
「ここにいるよ」
 僕はバットを持ち上げてみせた。それで美愛ちゃんは安心したらしく、頷いた。携帯電話を取り出し、画面を見ている。多分、時間を確認してるんだ。もうすぐやつらが指定した時間になるから。
 僕は両眼を研ぎ澄ます。餌の到来を待つ、獣のように。
 やがて、来た。
 やつらだ。体育倉庫の扉を開け、五人全員入ってくる。うち二人が、僕と同じように金属バットを持っていた。美愛ちゃんを脅すためだろう。どこまでも残忍なやつらだ。
 美愛ちゃんは後退していく。やつらから距離を置くようにしつつ……。
 僕のほうを指差してきた。
「?」
 どういう意味? 『飛び出せ』っていう合図かな?
 美愛ちゃんの奇妙な行動に戸惑っていたら、五人のうちの一人がこっちに駆けてきた。バットを持ったやつだ。鈍色のバットを振り上げている。
 え? どういうこ……。
 ゴッ。
 頭上で鈍い音がした。いや、頭の中で響いた。
 殴られたのだ。金属バットで。
 意識が朦朧とし、ぐらつく僕。埃臭い倉庫の床に、うつぶせに倒れた。
 ……あれ? これはどういうこと?
 痛む頭で必死に考えた。けど、現状を説明できる解は出なかった。
 誰かがこちらに近づいてくる。この細い脚は、美愛ちゃんだ。
 彼女はしゃがみ、僕の耳元に口を寄せてきた。
「声ガ聞コエル。声ガ聞コエル。声ガ聞コエル、心ノ声ガ」
「…………?」
 なにを言ってるかわからなかった。美愛ちゃんの冷たい声は続く。
「あんたさぁ、自分がテレパシーを使える人間だと思ってたの?」
 なんだ? 美愛ちゃんはなにを言ってるんだ? なんで僕がテレパシーを使えることを……。
「だから違うって。『テレパシーを使えるのはわたしだよ』」
「…………え?」
 一瞬だけ頭痛が消えた。その後は、先程よりも鋭い痛みが脳内を這いずり回る。
「あんたがわたしの心の声を聞いてたんじゃない。わたしがあんたに心の声を送っていただけ。それをあんたは、勝手に自分の能力だと思って勘違いしていただけ」
 …………嘘だ。
「嘘じゃないよ。わたしは……わたしのテレパシーは受信も発信もできる」
『こんなふうにね』
 頭の中に美愛ちゃんの声が響いた。痛みとともに脳を掻き混ぜる。
「あんたの勘違いは傑作だったよ。まさか自分に超能力があると思うなんてね。あんたみたいなクズに、そんな力があるわけないじゃん」
 …………これは嘘だ。美愛ちゃんがこんなことを言うはずない。偽者だ。
「だから嘘じゃないって。……ああ、あとその『美愛ちゃん』って呼び方やめてくれない? 反吐が出る」
 …………。
「……なん……で? なんで……こんなことを……?」
「あんたがキモいから。ただそれだけ。だから、みんなであんたをハメたわけ」
「……そっ……か……」
 なぁんだ。やっぱり僕に超能力なんてなかったんだ。美愛ちゃ……広瀬の声以外は、全部僕の妄想が生み出した声だったんだね。
「そうだよ。残念だったね」
 『あはははは』と広瀬は笑った。
 段々、全身の感覚がなくなってきた。手足が冷たくなってるみたいだ。寒い。頭痛はなくなってきたけど、代わりに寒い。
「それにしても、授業中のあんたの殺意には、さすがにわたしもびっくりしたよ。思わず震えちゃったし。大したもんだね、あんたの異常性は」
 あの時、広瀬が震えていたのはそういうことだったのか。……でも、そんなこともうどうだっていいや。眠くなってきたよ。
「あれ? もしかして死んじゃう? ……ま、いっか。血のついたバットをあんたに持たせておいて、自殺したことにしておけばいいよね。いじめられてたんだから、信憑性はあるし。それに、仮にわたしたちが捕まっても、わたしたち未成年だしね~」
 僕に超能力はなかった。でも、テレパシーなんていらないや。そんな力がなくても、相手の心の声が聞こえてるし。相手の口から。
 ……眠い。眠くてしょうがないや。
 広瀬がなにか喋ってる。楽しそうに。

 声ガ聞コエル。声ガ聞コエル。
 声ガ聞コエル、心ノ声ガ。
 声ガ聞コエル。声ガ聞コエル。
 声ガ聞コエル、心ノ声ガ。
 君ノ口カラ。

 でも、広瀬の声も徐々に聞こえなくなってきた。意識が遠くへ、遠くへ消えていく。
 僕は瞼を閉じた。

 声ハモウ聞コエナイ。

おわり
スポンサーサイト

『声ガ聞コエル(後編)(正)』(小説)

 5
 昼休みが終わった。午後の授業が始まったが、一つ、異変が起きていた。僕にとっては大事件だ。
 美愛ちゃんがいないのである。五限の授業が始まっているってのに、後ろの席は空いたままだ。
 そのことについて生徒数名が騒いでいたが、五限の授業の教師は『サボりだろ』と相手にしなかった。あの美愛ちゃんがサボるわけないだろ。ろくでもない教師だな、おまえは。
 という怒りもそこそこに、僕は不安でいっぱいになった。美愛ちゃんになにかあったのだろうか? すごく心配だ。今まで、真面目な美愛ちゃんが授業に出ないことなんてなかったんだから。
 美愛ちゃん、美愛ちゃんっ。
 僕は強く念じた。美愛ちゃんの状況が知りたいと。美愛ちゃんの心の声が聞きたいと。
 …………。
 しかし、声は聞こえなかった。
 ……やっぱり無理か。遠くにいる人の声を聞けたことは、かつてなかったからな。
 美愛ちゃん! 美愛ちゃんっ!
 脳が熱くなってきた。鼻の奥もジンワリと熱を持ってきて、鼻血が出そうだ。
『…………けて』
「っ!」
 僕は限界まで両目を見開いた。
 聞こえた! 微かだけど、あれは美愛ちゃんの声だ!
 もっと集中だ。集中、集中。美愛ちゃんの声を聞くんだ。集中しろ、僕!
『……助けて。誰か……助けて……』
「っ!」
 もう限界だった。僕は教室を飛び出していた。後方から教師や誰かの怒声が聞こえたけど、無視する。美愛ちゃんの危機なんだ、授業なんか受けていられないよっ!
 廊下を走り、階段を駆け下りる。なぜだかわからないけど、僕には美愛ちゃんの居場所がわかった。きっと、彼女の心の声が電波みたいになって、僕に場所を教えてるんだ。
 僕は校舎を出た。体育館のほうに向かう。
『やめて! 助けて!』
 美愛ちゃんの声は大きくなっている。もうすぐ目的地に違いない。
 心の声を頼りに、僕はその場所にたどり着いた。体育館の横に隣接された体育倉庫である。きっとここに美愛ちゃんがいる。現実の声は聞こえないけど、中から微かに物音がするし。それになにより……、
『助けてっ! 誰かっ!』
 美愛ちゃんの心の声がはっきりと聞こえる。
 美愛ちゃん!
 僕は体育倉庫の扉に手を開けた。けど開かない。なにかでドアが固定されているようだ。横に滑らせれば簡単に開くはずなのに、ビクともしない。
『いやぁあああああ!』
 美愛ちゃんの悲鳴が、僕の脳を蹂躙した。
 ……ちくしょう。
「ちくしょぉぉぉおおおおおお!」
 僕は自分でも驚愕するような大声を出し、渾身の力でドアを引いた。
 一度大きな抵抗があってから、扉は開いた。すかさず、僕は倉庫内に転がり込む。
「美愛ちゃんっ!」
 視界に飛び込んできたのは、下着姿になった美愛ちゃんだった。そして、そんな美愛ちゃんに乗りかかろうとしている、あの国語教師だった。
 状況はすぐに把握できた。美愛ちゃんが襲われているのだ。口をガムテープで塞がれ、手をロープで縛られた状態で。
 僕の頭の中で、なにかが千切れた。
「……やめろ……」
 両の拳を握る。
「やめろぉぉぉおおおおおおおお!」
 駆け出した。固めた右拳を、教師めがけて突き出す。
 だが、あまりに大振りすぎたため、容易に躱されてしまった。僕はつんのめって転倒。並んでいたハードルをいくつも倒してしまう。
「邪魔するんじゃねぇ!」
 およそ教師の台詞とは思えない暴言を吐き、国語教師は僕に蹴りを繰り出してきた。ガタイが良いだけあって、鋭い蹴りだ。
 けれど、僕はそれを回避できた。理由は一つ。やつが蹴ってくることがわかったからだ。
 聞いたのだ、テレパシーで。やつの心の声を。
 その後の相手の猛攻を躱し、僕はカウンターパンチを繰り出した。相手の顎を打ち抜く。
 痛い。殴った手のほうがイカれそうだ。
 殴られた国語教師は、たたらを踏んでから仰向けに倒れた。気絶したのか、瞳は閉じている。
「美愛ちゃん!」
 僕はすぐさま美愛ちゃんに駆け寄った。ガムテープを優しくはがし、ロープをほどきにかかる。
「音倉くんっ? どうしてっ?」
 泣き腫らして赤い目の美愛ちゃんは、涙声で訊いてきた。僕はほどいたロープを投げ捨てながら、答える。
「君の……心の声が……聞こえたから」
「心の……声?」
 首をかしげる美愛ちゃん。その両瞳が、大きく見開かれた。
「音倉くん! 後ろっ!」
「……え?」
 振り返ろうとしたら、頭に鈍い痛みが走った。硬いなにかで叩かれたらしい。
 痛みに呻きながら顔を上げると、荒い息の国語教師が立っていた。両手にはハードルを抱えている。さっきはあれで殴られたのか。どうりで尋常じゃなく痛いわけだ。
 意識が朦朧としてきた。額から流れてくるのは血だろうか?
「よくもやってくれたな……音倉ぁ。くたばれ!」
 国語教師が凶器と化したハードルを振り下ろしてきた。
 おまえこそくたばれっ!
 テレパシーで相手の攻撃を読んだ僕は、ハードルを避け、右足を振り上げた。国語教師の股間を蹴り飛ばす。
「……うぎゅ……!」
 奇声を上げ、教師は倒れた。今度こそ完全に気を失ったようだ。泡を吹いてるし。
 それはいいけど、僕も倒れそうだよ。頭がズキズキするし、眩暈もする。
「音倉くん、あの……」
 両手で体を覆いながら、美愛ちゃんが歩み寄ってきた。
「ありがとう!」
 美愛ちゃんが長い髪を揺らして頭を下げた。
 そこまでは覚えてる。
 それ以降はどうなったのか、まったくわからない。
 僕の意識が飛んだからだ。

 6
 目覚めた時、僕は白いベッドの上にいた。病院だ。変態教師に殴られて気絶した後、病院に運ばれたらしい。ちなみに、個室だ。
 知らない間に日付が変わっていた。ほぼ丸一日経っているようで、もう夕方だ。外の景色から察するに、ここは学校近くの市民病院みたいだ。
 ベッドの横にメモが置いてあった。母親からだ。『無事でよかった』、『また来る』といったような内容のメモだった。
 どうやら僕は無事だったらしい。頭を殴られたから、命が危ないかと思ったよ。
 そんなことを考えていたら、女の看護師さんが部屋に入ってきた。僕が目覚めたことに気がつくと、一度退室。担当の医者を連れて、帰ってきた。
 医者は簡単な検査みたいなことをして、『もう大丈夫だよ』と言い、去っていった。看護師も『よかったね、近いうちには退院できるよ』と告げ、部屋を出ていった。
 それらの言葉を、僕は生返事をしながら聞いていた。他に気にかかることがあったからだ。
 聞こえないのだ、心の声が。
 あの医者の声も、看護師の声もまるで聞こえなかった。ましてや遠くの誰かの声なんて、さっぱりだ。
 どうしたんだろう? 脳にダメージを受けたせいで、テレパシーが使えなくなったのかな?
 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。要するにわからない。
 でも、僕はあまりショックを受けていなかった。あれだけ超能力を得たことを喜んでいたのに、不思議だった。むしろ、妙な達成感みたいなものさえある。
 それは恐らく、美愛ちゃんを助けることができたからだ。彼女が無事だったのなら、超能力の一つや二つ失っていい。そう思えた。
 彼女のことを思い出し、ついでに恥ずかしいこともよみがえってきた。そういえば、あの時、僕は彼女を終始『美愛ちゃん』って呼んでたっけ……。
 人知れず赤面していたら、病室のドアが静かに開いた。
「あっ、起きてたんだ。ご、ごめん……」
 入室するや否や謝ったのは、なんと美愛ちゃんだった。学校帰りらしく、制服姿だ。
「み……広瀬……」
 呆然とする僕に構わず、美愛ちゃんはベッド脇の椅子に座った。
「助けてくれてありがとう、音倉くん」
 前にも感謝されたはずだけど、美愛ちゃんはまたお礼を述べた。真剣な眼差しだった。瞳が夕日を受けてキラキラしていて、本当に綺麗だった。
 なにも反応できない僕。美愛ちゃんは話を続ける。
 それは、僕が気絶した以降の話だ。要約するとこういう内容になる。あの後、美愛ちゃんは職員室に行き、事件の顛末を先生方に知らせた。それで、救急車が僕を、パトカーが国語教師を連れていったというわけだ。事件以来、学校はちょっと騒がしいとのこと。
 説明が済むと、静寂が病室内を満たした。僕の高鳴る心音が美愛ちゃんに聞こえていそうで、余計に緊張した。
 やがて、『ところで』と美愛ちゃんが切り出した。
「音倉くん、わたしの心の声が聞こえたって言ってたでしょ? あれはどういう意味なの?」
「…………」
 僕はしばし考え、正直に答えることにした。美愛ちゃんなら、僕の話を信じてくれるだろう。だから、テレパシーのことを全て教えた。今はもうテレパシーが失われてしまっていることも。
「……そうなんだ。もう使えなくなっちゃったんだ、テレパシー。残念だね」
「……うん。まぁ、でも、いいんだ」
「どうして?」
 僕は頬を掻きつつ、言う。左にいる美愛ちゃんの顔は見れなかった。
「み……広瀬が無事なら、それでいいよ」
「…………」
 言ってしまってから後悔した。いじめられっ子のネクラが、なにをカッコつけてんだ、と思われたに違いない。顔面は前方に固定したまま、動けなくなった。
「……『美愛ちゃん』……でいいよ」
 風が吹けば消えてしまいそうな声が、聞こえた。
「…………え?」
 僕がついつい左を向いてしまうと、頬を赤く染めた美愛ちゃんの顔があった。
「『広瀬』じゃなくて、『美愛ちゃん』って呼んで?」
「…………」
 なにか色々言うべきことがあったはずだ。けど僕は混乱しまくっていて、結局こんなことしか言えなかった。
「……うん、わかった」
 外が夕焼けでよかった。僕の顔がトマトみたいに赤くなったのを、夕日のせいにできるからね。

 7
 翌日。
 あれ以後、僕の超能力は完全に失われた。テレパシーなんて最初っからなかったような気がして、あまり悲しくはなかった。
 夢でも見ていたみたいだ。
 もしかしたら本当に夢を見ていたのかもしれない。過去に頭を打って入院していて、長い夢の中にいたのかも。それで昨日やっと目覚めたんだ。
 そう考えれば辻褄が合う。だいたい、僕に超能力なんてあるわけないんだよなぁ。
 でも。
 やっぱり夢じゃないみたいだ。病室のドアが開いて制服姿の彼女が入ってきたから。
「光男くん」
 僕のことをそう呼ぶのは、美愛ちゃんだ。僕の愛する女の子だ。
 彼女はベッド脇の椅子に座り、今日学校であったことなどを話し始めた。
 僕は笑顔で、彼女の顔を見ていた。
 やっぱりテレパシーなんて必要ないじゃないか。美愛ちゃんの心の声は、美愛ちゃんの口から聞こえるんだから。

 声ガ聞コエル。声ガ聞コエル。
 声ガ聞コエル、心ノ声ガ。
 声ガ聞コエル。声ガ聞コエル。
 声ガ聞コエル、心ノ声ガ。
 君ノ口カラ。

おわり

『声ガ聞コエル(前編)』(小説)

 声ガ聞コエル。声ガ聞コエル。
 声ガ聞コエル、心ノ声ガ。
 声ガ聞コエル。声ガ聞コエル。
 声ガ聞コエル、心ノ声ガ。

 1
 僕は超能力者だ。ただし、念力とかテレポートとか、派手なことのできる超能力者じゃない。
 僕の使える能力は、テレパシー。他人の考えていることや感じていることがわかる能力だ。ちなみに受信専用で、こちらから発信することはできない。
 この力はつい最近目覚めた。生まれた頃からあったわけではない。高校二年生になった今、意図せずに手に入れたのだ。
 なぜ僕が、テレパシーが可能になったのか。なんとなく、自分なりの解答はある。
 人間は誰しも、優れた部分と劣った部分を持っている。頭は良いけど運動が苦手だったり、精悍な顔つきだけど性格が悪かったりね。
 僕の考えだと、そういった『優』や『劣』なんかの全ての能力を数値にして全部足し、その値を能力の数で割ると、みんな同じ数になると思うんだ。言い換えれば、全人類の能力値の総数は、等しいってわけ。100の力を、『頭の良さ』にいくつ、『運動神経』にいくつって分けてるんだ。
 そこで僕の話に戻る。
 僕は、得意なことがなにもない人間だ。勉強もダメ、スポーツもダメ。絵を描くのはちょっとだけ得意だけど、それだってノートの端に描く程度で、全然大したことない。
 人付き合いなんて一番苦手だ。だから、クラスでも友達が一人もいない。それどころか、いじめられている始末。悪口を言われたり仲間はずれにされたりするのは割と平気なんだけど、上履きを隠されたり、教科書や机に落書きされたりするのは困る。先生に落書きを怒られたりするしね。僕が書いたわけじゃないのに。周りのやつらはクスクス笑ってたっけ。
 それはともかく、僕は典型的なダメ人間なんだ。
 だから。
 だからさ。
 僕が超能力を手に入れたのは。
 他の様々な能力が一般人より圧倒的に劣っていたから、一つの能力が飛躍的に高まったんだ。それでテレパシーを使えるようになった。
「音倉(おとくら)」
 僕はこの境遇に満足している。いじめられるのは面倒だから嫌だけど、代わりに超能力が使用可能になるなら、いいってもんさ。相手の考えていることがわかるなんて、すごいと思わない?
「音倉っ」
 テレパシーは僕にぴったりの能力だよ。地味な僕に、派手な力は似合わない。それにテレパシーは、黙っていれば誰にもわからない能力だからいいよ。
 僕を蔑んできたやつらには、絶対に気づけない。僕が人類を超越した能力を持っていることに。
 テレパシーは僕だけに許された、僕だけの能力なんだ。
「音倉っ!」
「っ?」
 すぐ近くで聞こえた僕を呼ぶ大声に驚き、僕は椅子の上で跳ねた。窓の外に向けていた目を声のしたほうに移す。
 国語の教師が立っていた。それで思い出す。今は授業中なんだったっけ。登校してからずっと窓の外を眺めていたから、忘れていたよ。
 それにしても、ちょっと困った状況になった。この男性教師は口うるさいんだ。まるで体育教師みたいなガタイをしてるから、やたらと強気だしね。
「音倉光男(みつお)、おまえ、授業聞いてなかっただろ?」
「…………すみませんでした」
 言い訳したら余計に騒がれるから、正直に謝った。教師は『ちゃんと聞いてろよ』とか呟いている。
 聞いてるよ。
 と僕は言いたい。
 ちゃんと聞こえてるよ、あんたの声は。今、あんたは口に出さずとも、こう思ってるはずだ。
『愚図が。だからいじめられるんだよっ』
 聞こえてるよ。筒抜けさ。
 教師たちは、僕がいじめられてるのをちゃんと知っている。知っていてなお、無視を決め込んでいる。面倒事には首を突っ込みたくないんだね。ダメ教師の鑑ばかりだ。
 表面では『いじめはやめましょう』とか言ってる先生だって、内心では『めんどくさいなぁ』だもんね。笑えるよ、この学校は。いや、人ってやつはさ。
「おい音倉、なに笑ってるんだ? 先生を馬鹿にしてるのか?」
 はい、そうですよ。
 とは言えないので、「いえ、なんでもないです……」
 と答えておいた。
 クスクスと笑う声が聞こえた。クラスのあちこちから聞こえる。僕を嘲笑っているんだ。心の声を聞くまでなく、それはわかる。このクラスにおいて、ほとんどのやつが僕の敵だ。
「しっかりしろよ、音倉。じゃあ仕方ない、その後ろの広瀬(ひろせ)、ここの問題に答えてみろ」
 教師が僕の背後を顎でしゃくった。後ろの席から『はい』という澄んだ声が響いた。
 僕の胸はキュウッと締めつけられる。後ろの席の生徒は広瀬美愛(みあ)、容姿端麗、成績優秀の、クラスのヒロインだ。そして僕のお姫様だ。僕は彼女を愛している。心の底から。
 広瀬さん……いや、美愛ちゃんは、教師の出した問題に的確な解答を返した。
「よろしい」
 教師は満足そうに頷いた。それから、唇をベロリと舐めた。気持ち悪い男だ。
 そこでチャイムが鳴った。授業が終わったのだ。気づかぬうちに四限になっていたらしく、この後は昼休みだ。

 2
 休み時間でも、僕は自分の席を動かない。特にやることがないからだ。机の横にかけた学生鞄から、昼食のパンを取り出す。
 背後で、美愛ちゃんが立ち上がる音がした。仲の良い友達と一緒にお弁当を食べるのだろう。
 教室を出ようとしている彼女を、僕は視線で追った。後ろ姿だけでも、美愛ちゃんは可愛い。彼女を見るたびに、僕の胸はズキンと痛んだ。
 やがて、彼女が教室を出ていってしまった。まだ室内にいた国語教師も、教科書を脇に抱えて出ていった。
 僕は目線をずらす。美愛ちゃんがいないクラスなど、眺める価値がない。
 というわけで、再び外の景色に目を移した。
「……おいおい、さっきネクラが広瀬を舐めるように見てたぜ?」
「ああ、それ俺も見た。ネクラ、マジでキモいよな」
 教室のどこかで、誰かが僕の悪口を言っている。そういえば、僕のあだ名は『ネクラ』だ。まぁ、『音倉』は『ネクラ』とも読めるし、うまいあだ名かもね。
 男子学生二名の会話は続く。わざと僕に聞こえるように、やたらと大きな声だ。
「あいつ、広瀬のこと好きなのかね?」
「多分な。うわーキモい」
「つーかさ、闇男(やみお)が広瀬を好きとか、不釣り合いもいいとこじゃね?」
 新たな人物が会話に加わった。彼は僕のもう一つのあだ名、『闇男』を口にした。本名が『光男』で、僕が暗いという理由からあだ名は『闇男』。これまたおもしろいあだ名じゃない。こういうのって、最初は誰が考えるんだろうね?
「だよな。広瀬がネクラに興味持つわけないじゃん」
「そうだよ。だいたい広瀬は、なかなかにガードが硬いからな」
「そうそう。聞いた? この前の告白の話」
「聞いた聞いた。広瀬、あの八坂(やさか)の告白を断ったんだろ? すげーよな」
 『八坂』ってのはたしか、学年一のイケメンとか言われてる人だ。低能な女子がギャーギャー騒いでたから知ってる。
「まぁ八坂はさ、実はすごいエロいって話あるし、広瀬はそれを見透かしたのかもな」
「広瀬ってたまに鋭い時あるもんな」
「いやそういうことじゃないかもよ? 告白を断ったのは、単純に広瀬、他に誰か好きな人でもいるんじゃねぇの?」
「ああ、かもな。広瀬、いったい誰が好きなんだろうな?」
「俺だったりして」
「ばーか、それはねぇよ」
「だよな」
「当たり前だろ、あはははは!」
 くだらない。なんてくだらない会話をしてるんだろうね、彼らは。上辺では冗談を飛ばし合っているように見えるけど、内側ではすごい争いをしてるよね。『広瀬は俺のことが好きなんだよ』。『おまえみたいな不細工に広瀬が振り向くかよ』。『俺、広瀬と中学の時から友達だもんね。おまえらより一歩リードだぜ』。
 くだらない、くだらない。無意味な争いご苦労様。美愛ちゃんは、君たちの誰にも興味なんかないですよ。
 だって。
 だって『美愛ちゃんは僕のことが好きなんだから』。
「……っ……」
 考えたら、ついつい笑ってしまった。近くの女子たちが『やだ、キモーい』とか言っている。
 好きなだけ罵るがいいさ。そのキモい僕を、美愛ちゃんは好きなんだからさ。
 僕にはテレパシーがあるからわかるんだ。以前、美愛ちゃんの心の声を聞いたんだから間違いない。思えば、あの時にテレパシーが目覚めたんだ。

 3
 一週間前、放課後のことだ。美愛ちゃんは保健委員の仕事なのか、トイレットペーパーを両脇に抱えていた。トイレのペーパーを補充する途中だろう。まるで出来損ないのタワーのように、トイレットペーパーは積み上がっている。それを僕は少し離れた位置から見ていた。
 『落ちるな』と思ったら、やっぱりトイレットペーパーは散らばった。
 いつもならそんな出来事ほうっておいて、横を通過するんだけど、なぜだか僕はしゃがんでいた。美愛ちゃんの落としたトイレットペーパーを拾ってあげてたんだ。今思い返すと、やっぱり美愛ちゃんの顔が可愛かったから、似合わないことをしてしまったのかもしれない。
 美愛ちゃんは僕に気づくと、『音倉くんっ?』とちょっと驚いた声を出した。いじめられっ子の僕が今みたいなことをするとは、夢にも思ってなかったに違いない。
 その驚いた顔がまた可愛くて、僕は少し調子に乗ってしまう。
「……半分、持とうか?」
「え? いいの?」
 美愛ちゃんのクリクリした目が、見開かれた。
「いいよ」
 こうして、僕と美愛ちゃんは並んで歩くことになった。やがて目的のトイレまで着き、美愛ちゃんはトイレットペーパーの半分を女子トイレの中に置きにいった。
 それが終わった後、僕の手から残りのトイレットペーパーを受け取った美愛ちゃんは、男子トイレの前ではたと立ち止まる。どうやら、気まずくて入れないらしい。きっといつもは男子の保健委員がいるから、彼にやってもらっていたのだろう。今日は彼がいないので、美愛ちゃんは男子トイレの前で固まっていた。中から用を足した後の男子学生が出てきて、さらに硬直していた。
「僕がやってあげるよ」
 見ているのがあまりにかわいそうな照れっぷりだったため、僕は申し出た。彼女の手からトイレットペーパーを取り返し、男子トイレの中へ。さっさとペーパーの交換を済ませた。
「あ、ありがとう」
 少し頬を赤らめたまま、美愛ちゃんは言った。僕はそっぽを向きながら、
「いいよ、別に」
 と答えた。
 その後、沈黙が流れた。大抵のことには動じない僕だけど、この時だけはちょっと気まずかった。
 ややあってから、美愛ちゃんが口を開いた。
「音倉くんって、優しいんだね」
「…………」
 なんて応じていいかわからず、黙る。
「あ、あと、絵を描くのがうまいよね」
「…………なんで知ってるの?」
「えと……わたし、音倉くんの後ろの席だから、よく音倉くんがノートに絵を描いてるのが見えて……」
「……ああ、そういうこと」
「……うん、そうなの」
「…………」
「…………」
「…………」
 これ以上ここにいても気が疲れるだけなので、僕は帰ることにした。
「あ、じゃあね、音倉くん」
 背中に美愛ちゃんの声が届いた。振り返る僕。
「……っ!」
 その時だ。僕を見る美愛ちゃんの、心の声が聞こえた。
『音倉くんって話してみると良い人なんだな。それに、長い前髪だから気づかなかったけど、結構カッコいい顔してるかも』
 この時は、痛いくらいに心臓が肋骨を打っていたのを、今でも覚えている。
 それ以来、僕は彼女に夢中になった。
 過去を振り返ってみれば、美愛ちゃんが僕のいじめに荷担したことはなかった。僕が馬鹿にされているのを、他の女子が楽しそうに見ている時も、彼女は遠くから眺めていたっけ。僕を心配していたのかもしれない。
 そうか、そうだよ。彼女は僕の唯一の味方だったんだ、最初から。

 4
 回想から舞い戻った僕は、ゆっくりと振り返った。そこは美愛ちゃんの席だ。現在、彼女はいないけど、彼女の席を見るだけで、胸が熱くなってくる。
 周囲の男子たちが『ネクラが広瀬の机見てるぜ、キモ~』、とか騒いでいる。君たちは『キモい』しか言えないの? 語彙が貧困だね。
 まぁ、好きなだけ『キモい』、『キモい』と喚いていなよ。君たちが大好きな美愛ちゃんは、そんな僕のことが大好きなんだから。
 その後、再度外に視線を向ける僕。頭の中は美愛ちゃんのことでいっぱいだった。
プロフィール
ゆない。と申します。

ゆない。

Author:ゆない。
ゆない。です! 作家を目指してます!

Author:ワキオ
ゆない。と共に作家を目指しています!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
読者様カウンター
訪問ありがとうございます!
ランキング
ゆない。のランキングです。

FC2Blog Ranking

ブロとも一覧
ゆない。のブロともですよ!

kitutukiブログ~みんなの趣味日記~

Stories of fate

君の知らない玉手箱

草を食む時間 ~The Grazing Time~

ajggjgjgdrikdikfff

月と氷

ようこそここへ!

夢の島を遊ぶ

あかねいろ*

かき氷2色スペシャル

カミツレが咲く街で

空のぺえじ

狂原さんのクルクル日記
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
小説・文学
2541位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
オリジナル小説
577位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ゆない。がオススメするブログです! こちらもぜひ!
ブロとも申請フォーム
皆さんブロともになってください!

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。