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『復讐の幻想曲(ファンタジア)』8(ライトノベル)


 ルーン城の四層目。国王の部屋前。
「国王! アルタイル国王!」
 一人の兵士が慌てた様子で、扉を叩いていた。
「おい、貴様っ!」
 その兵士の横、廊下の奥から怒鳴り声が響いた。兵士はそちらに目を向け、すかさず敬礼をした。
「お疲れ様です、グライン将軍!」
 グライン将軍と呼ばれたガタイのいい男はオールバックの髪を一度かき上げてから、兵士に歩み寄った。大きな手で、兵士の顔面を掴む。
「貴様、時間を考えろ。国王は就寝中だ。それに、国王は今ご病気なのだぞ? 貴様のせいで国王になにかあったらどうするつもりだ?」
 左眉から眉間、右頬へと走る傷跡のついた顔を、兵士に近づけるグライン将軍。その両眼は凶悪につり上がっていた。
「……す、すひまへん」
 震えながら兵士が謝罪の言葉を口にすると、グライン将軍はようやく手を離した。兵士の頭にはくっきりと赤い痕がついていた。
「だいたいな、いつも言っているだろう。報告は、国王に伝える前にまず私にしろと」
「は、はい! すみませんでしたっ」
「で、なんだというのだ? 先程の盗賊団のことがなにかわかったのか?」
「いえ……そんなことより大変なんです。姫が……スピカ姫がいません!」
「なんだとっ……?」
 グライン将軍はここが国王の部屋の前だということを思い出し、声を潜める。
「……貴様、それは本当か?」
「はい。親衛隊の秋実円火が言っていましたのでたしかかと……」
「秋実円火……ああ、あの姫のお守りか。……ふむ、わかった。詳しい話が聞きたい。とりあえず移動するぞ、こっちに来い」
 黒いマントを翻らせ、グライン将軍は歩き出した。
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『復讐の幻想曲(ファンタジア)』7(ライトノベル)


第一章、姫への賛美歌(ヒム)
 ケンイチと一緒に落下した女の子、スピカは目を覚ました。辺りを見渡す。ここはどうやら森のようだ。夜の闇により真っ黒になった木々が、ガサガサと揺れている。
「……ああ、やっと起きましたか」
「ひゃうっ……?」
 下からケンイチの声がし、続いて大地が動いた。
 スピカが下を見ると、地面に仰向けになっているケンイチがいた。大地だと思っていたのはケンイチだったのだ。
「ごめんなさいっ」
 スピカは慌てて体をどかした。
 それでもケンイチは動かない。仰向けのまま、じっとしている。
「あの……盗賊さん?」
 不審に思ってスピカは尋ねた。
「大丈夫、あなたのせいじゃありませんよ。着地の際に力を使い過ぎて『霊泉(ファウンテン)』がなくなっただけです。それに、あなたが長い間気絶してくれてたおかげで、もうすぐ回復しますよ」
「……よかったです」
 スピカは胸を撫で下ろした。その後、ちょこんと首を傾げる。金色の髪がフワリと舞った。
「『ふぁうんてん』ってなんですか?」
 はぁ、とケンイチが小さくため息を漏らした。
「精霊(フェアリー)の力や、精霊により『調律師』が得た力のことですよ」
 ポンと手を叩くスピカ。
「なるほど、まほーの源ですね?」
「いや……魔法ではありませんよ……。いいですか、この世の全てのものには精霊が宿っているんです。精霊は火、水、地、雷、風、光の六種類が存在します。人はこの精霊の力を……」
 喋るケンイチの顔の前に、スピカは手を出した。
「それくらい知ってます。精霊の詩(うた)が聞こえる人のことを『霊聴者(リスナー)』、特定の精霊の詩を調律し、自身の力として使える人のことを『調律師』と呼ぶんですよね? 人々はこの精霊の力を借りて、日々生活してるんです。ちゃんと知ってますよ」
 ケンイチがわずかに目を見開いた。表情の変化は少しだが、驚いているようだ。
「知ってたんですか。……ですが、それならなぜ魔法なんて呼び方をするんです?」
 顎に人差し指を当てるスピカ。悪戯っぽく笑う。
「だって、まほーみたいじゃないですか」
「……あ、そうですか……」
 呟いてから、ケンイチは立ち上がった。周囲をグルッと見渡し、歩き出す。慌ててスピカもあとを追った。
「……これからどうするんですか?」
「とにかくここから離れましょう。この森は魔物が出ますから」
「ま、魔物ぉっ?」
 悲鳴を上げ、スピカはケンイチの腕に抱きついた。小走りに移動していく二人。
 気まずそうな顔をしているケンイチは、正面を向いたまま喋る。
「……ところで、そろそろ名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃないですか、スピカ姫?」
 警戒のため辺りに目を配していたスピカは、ケンイチに顔を戻した。
「そうでした。まだお互い名前も名乗ってなかったんですよね」
 微笑してから一転、真面目な顔になるスピカ。
「聞いて驚かないで下さいよ? 実はわたし、ルーン王国の姫、ルーン・ウィン・スピカなんです! ……ってあれ? 『スピカ姫』?」
 目をパチクリしているスピカに、ケンイチが一瞬だけ視線を送った。
「なんとなく察しは……というより確信してました。あなたがスピカ姫だってことは」
「な、なんでわかったんですかぁ? わたし、あまり公の場に出たことないんですけど……」
「秋実さんが言ってたんですよ。水色ドレスを着たそれはそれは可愛い人が姫だと」
 ボッと顔を赤くするスピカ。雪のように白かった肌を、淡いピンクに染めた。
「も、もう、まどかのバカぁ~……」
 スピカは呻いてから、ケンイチの方を向く。
「それで……えと、盗賊さんの名前は?」
 一瞬だけ目を細めるケンイチ。
「ボクは……ケンイチと言います」
「けんいち? 変わった名前ですね。東の国の人ですか?」
 東の国とは、ルーン王国と東側で国境を接している国だ。ジパンと呼ばれるその国は、ルーン王国と良好な関係を築いている。東の国出身の者は、髪や瞳の色が黒いのが特徴だ。
「……まぁ、そんなとこです」
「そうですか。まどかと一緒ですね。まどかはトーキ出身らしいですよ。けんいちさんはどこ出身なんですか?」
 ケンイチが足を止めた。伴い、スピカも停止しようとしたが、前に倒れそうになる。
「今夜はここで野宿しましょう」
 スピカを支えてやりながら、ケンイチが言った。
「の、野宿っ? 魔物がいるのに?」
「はい。どうやら森の中心付近に落下したみたいで、村や街に出るまでには時間がかかります。寝ないで過ごすわけにはいきません。ここに泊まりましょう」
「あぅぅ……」
 スピカは黒い森の奥を、目を凝らして見てみる。暗闇の中をなにかが動いたように見えた。
「きゃあ!」
 急いでケンイチの後ろに隠れた。ケンイチはスピカと同じ方を窺い、短剣を取り出した。
「『ガルライガー』ですね。かなり凶暴ですが安心して下さい。襲ってきてもボクが倒します」
「倒すって……殺しちゃうんですか?」
「……そうなりますね」
 鋭い視線を木々の隙間に送りつつ、ケンイチは答えた。その腕をスピカが掴む。
「だ、ダメです! 命を奪ってはいけません!」
 スピカの剣幕は激しかった。
「…………」
「他に彼らを退ける方法はないんですか?」
「……やつらは火を嫌いますから、たき火をすれば平気ですよ」
「たき火ですね! じゃあそっちにしましょう。わたし、燃えそうな枝を探してきますね」
 スピカはその辺に落ちている枝を拾い始めた。
 しばらくそれを傍観していたケンイチだったが、やがて彼もスピカの手伝いを開始した。

『復讐の幻想曲(ファンタジア)』6(ライトノベル)


 飛空挺が停めてあった場所に向かうケンイチは、窓の外にヴェロシティ号を捉えた。
「もう飛んでましたか……」
「ごめんなさい。わたしの足が遅いから……」
 女の子がシュンとなった時、無線が入る。
『ケンイチくん、こっちから君を確認した。今から一度だけそっちに機体を寄せる。その時に、垂らしてあるハシゴに掴まってくれ』
「はい」
 窓枠に足を乗せるケンイチ。女の子の方を向く。
「ボクにしがみついて下さい。強くですよ」
「えぇっ? ほんとに飛ぶんですかっ?」
「……嫌ならここに置いていきますよ?」
 女の子は下を見て、それからケンイチの顔を見た。
「わたし……行きます!」
 女の子はケンイチの体にしがみついた。
 ヴェロシティ号がこちらに寄ってくる。シェイドの言った通り、機体からハシゴが垂れていた。
 掛け声とともに、ケンイチはハシゴに向かって飛んだ。
 届かない。と女の子は判断したが、風がいい具合に吹き、ケンイチはハシゴを掴むことができた。
『ケンイチくん、危ないっ。後ろだっ!』
 安心したのも束の間、無線から声が響いた。ケンイチがすかさず振り返ると、頬を銃弾がかすめた。銃撃だ。王国の狙撃者がこちらに向けて何発も撃ってきている。
 その一発がハシゴの上部に直撃した。ロープ製のはしごなので、あっさりとちぎれる。
「……え? まさか……」
 青い顔になる女の子。そちらに顔を向けるケンイチ。
「はい。落ちますね」
「そ、そんなあぁぁ~!」
 ケンイチと女の子は、闇の中へと落下していった。
 ケンイチは女の子をしっかりと抱き締め、目を閉じた。

『復讐の幻想曲(ファンタジア)』5(ライトノベル)


 ルーン城三層目の廊下。
「待って下さい!」
 またもケンイチは女の子に行く手を阻まれた。
 ただし、今度の女の子は兵士ではない。水色のドレスに身を包んだ、金髪碧眼の美少女だった。
 構わず、ケンイチは短剣に手を回す。邪魔をするなら倒すという考えだ。
「わたしを助けて下さい!」
 しかし、女の子が言った台詞により、ケンイチの戦意は削がれた。腰に手を回したままの姿勢で、しばし静止する。
「わたしを助けて下さい!」
 小柄な女の子は必死にそう叫ぶ。ケンイチは無表情をわずかに変え、眉間に皺を寄せた。
「あの……一応言っておきますけど、ボクは盗賊ですよ?」
「それでもいいんです! 助けて下さい、お願いします!」
 女の子が頭を下げた。ケンイチの混乱は増す。
 そのまま、二人の間に沈黙が降った。
「姫ぇー!」
 離れた位置から、円火の声が聞こえた。
 それでケンイチは思い出す。円火が探している姫が、水色のドレスを着ているということを。
「あなたは城の者ですよね? 助けて欲しいなら、ボクではなくこの先にいる秋実さんって人に……」
「まどかじゃダメなんです!」
 女の子は顔を上げると、すごい剣幕でケンイチに迫った。
「城の人達じゃダメなんですっ!」
「……よくわかりませんが、ボクは先に行かせてもらいます」
 スルリと女の子の横を抜けるケンイチ。その前に五人の兵士が現れた。
 女の子はとっさに、近くにあった植木の陰に隠れた。
「見つけたぞ、盗賊。覚悟しろ!」
 兵士達は五人同時にケンイチに襲いかかった。
 ため息を吐くケンイチ。
「……ボク、急いでるんですよ!」
 黒いローブがバサリと翻った。腰のホルダーから五本のナイフが飛び出した。短剣よりも小振りのものだ。刀身に小さな穴があいている。
 五本のナイフは兵士達の脚を的確に射抜いた。その後、再び黒いローブの下に戻った。
 兵士達が倒れるのに合わせて、女の子が姿を現す。
「すごい、強いですね!」
 自軍の兵士、つまり味方がやられたというのに、女の子は嬉しそうだった。
「……それじゃ、ボクは行きますので」
 あきれたような眼差しを女の子に向けてから、ケンイチは一歩を踏み出した。
「あ、あの、待ってって……わ! きゃあ!」
 ドシンと、背後ですごい音がした。ケンイチは女の子が転んだのだと判断したが、歩みは止めなかった。振り返りもせず、ただひたすらに歩いていく。
「いたたた……あ! 待って下さいってばあぁぁあっ……!」
 起き上がった女の子がまた転んだようだ。しかも先程よりも盛大な音がした。
 足を止めるケンイチ。
「……えと……だからボクはあなたに構っている……っ!」
 振り向いたケンイチの視界に映ったのは、うつぶせになっている女の子と、さっきの衝撃により倒れそうになっている槍の束だった。壁に無造作に立てかけてあった槍が、鋭い刃を女の子に向けて落下する。
「危ない!」
 ナイフを操る時間はなかった。ケンイチは女の子を抱き、横に飛んだ。
 ガランガランと槍が床に転がる。そのうち何本かは、刃を地面に突き立てていた。
 もう少し遅れていたらと考えると、ケンイチは背筋に寒いものを感じざるを得なかった。小さく息を吐いてから、腕の中の女の子を確認する。
「助けてくれてありがとうございます! やっぱり盗賊さんですね、動きが素早かったですよ」
「…………」
 ケンイチはあきれることしかできなかった。先刻から、どうやらこの女の子は普通の人とは少し違うようだと理解する。
「あ!」
 自分の変な発言に気づいたのか、女の子が可愛らしい声を上げた。ケンイチの顔をのぞき込む。
「盗賊さん、怪我ありませんでしたか?」
「…………」
 ケンイチはがっくりと肩を落とした。ただ脱力しただけなのだが、女の子はそれをケンイチが怪我を痛がっていると判断したようだ。まんまるの目をさらに丸くし、ケンイチの肩を掴んだ。
「だ、大丈夫ですか? 助けを呼ばないとっ。誰か! 誰かき……むぐっ!」
 騒ぎ出す女の子の口を、ケンイチは片手で塞いだ。それから彼女を立たせてやり、自分も立ち上がる。
「とにかく、ボクは行きます。あなたはそこでおとなしくしてて下さい。そうすればさっきの女剣士さんが助けてくれますよ」
 女の子の返事を待たず、ケンイチは駆け出した。
「待って下さい!」
 女の子の叫びにも動じない。どんどん距離を離していく。
「ま、待って……うわぁ!」
 また女の子が転んだようだが、止まらない。
「行かないで……行かな……置いてかないでっ!」
「っ!」
 ケンイチは急停止した。振り返ることはまだしない。
「わたしを置いていかないで! 連れていって!」
(ボクを置いてかないで! 連れていってよ!)
 女の子の声に重なる声が、ケンイチの脳内に響く。
「お願いします! 行かないで下さい!」
(お願い! 行かないで!)
 ケンイチが振り向くと、すでに女の子が近くまで来ていた。その姿が、小さな少年とダブる。
「っ!」
 ケンイチは思わず目を逸らしていた。
 その時だ。
『ケンイチくん、聞こえるかいっ?』
 左手首につけている無線から声が響いた。シェイドのものだ。かなり緊迫した様子に、ケンイチは顔をしかめる。
「はい、聞こえます」
『そうか、無事でよかった。いきなりだけど、逃げるよ。すぐ船に戻ってきてくれ!』
「え? は、はい……」
『僕達はもう船の近くに来てる。着き次第飛び立つから、急いでくれ!』
「……わかりました」
 爆音とともに無線は終わった。
「…………」
 進もうとしていた先を、しばし睨むケンイチ。一瞬だけ顔を歪めてから、来た道を引き返し始めた。
 その手を女の子が掴む。
「わたしも一緒に行かせて下さい! 城の外に出たいんです!」
「まだ言ってるんですか? そんな場合じゃ……」
「お願いしますっ……!」
「!」
 女の子は泣いていた。大きな瞳にいっぱいの涙を溜め、痛みを伴うほどケンイチの腕を握り締めている。
「……もう、なんなんですか……」
 頭をかいてから、ケンイチは女の子の手を握り返した。
「外に出るまでですよ? では、しっかりついてきて下さいよ。ボクの手を離さないように」
「う、うん」
 戸惑いながらも、女の子はしっかりとケンイチの手を握った。それを確認してから、ケンイチは走り出した。

『復讐の幻想曲(ファンタジア)』4(ライトノベル)


「おらぁ!」
 ヴァイドの槍が兵士を吹き飛ばした。
「やれやれ、やっとここまで来たか」
 何隊目かわからない部隊を退け、シェイド達は宝物庫の近くまで到達した。シェイド以下盗賊団のメンバーはかなり消耗している。
「この先が宝物庫ね」
 アイナが目の前にある重厚そうな扉に手をかけた。
「! アイナくんっ!」
 いきなりシェイドが駆け出した。今にも扉を開けようとしていたアイナの手を掴み、引き寄せる。
 刹那、扉が爆発した。
 爆風で吹き飛ばされるシェイドとアイナ。
「お頭! アイナ!」
 ヴァイドは慌てて二人に駆け寄った。どちらも無事だと知り、安堵。燃え盛る扉の方に視線を移す。
 扉がゆっくりと開き、中から三つの人影が現れた。
「わたくし憤慨していますわ。賊ごときにここまで侵入を許すなんて」
 三人の中央に立つタイトなブルードレス姿の女が、青っぽい色の髪を払った。
「違いねぇぜ、エリアス。かのルーン王国にはあるまじきことだな」
 ドレスの女、エリアスの右隣にいるのはスキンヘッドの男だ。ワインレッドのスーツを着ている。彼の右拳は燃えていた。
「あはは! おもしろいから別にいーじゃーん!」
 エリアスの左隣には、上はジャケット、下は短パン姿の女の子がいた。黄色に近い茶髪をポニーテールにしている。幼い容姿とは裏腹に、背中には長大な剣を背負っていた。
「……よかった。王族親衛隊隊長が来てくれたぞー!」
 傷だらけの兵士が声を荒げた。その兵士の前に、スキンヘッドの男が現れる。一瞬の出来事だった。
 男が兵士の頭を掴む。
「おい、騒いでんじゃねぇよ。王国兵士の……恥さらしがっ!」
「ぐあ……あぁっ!」
 発火した。男の右手が、兵士の体が燃え上がった。焼け焦げた兵士の残骸は、やがて倒れた。
 静まり返る室内。そこにエリアスが言葉を滑り込ませる。
「エルゴの言う通りですわ。わたくし達以外はさがっていなさい!」
「ひぃっ……!」
 自らの上司におびえる兵士達は、一目散に退室していった。
 宝物庫前の室内には、シェイド盗賊団と王族親衛隊隊長である三人だけとなった。
「……ヴァイドくん、アイナくん。逃げるよ」
 シェイドが呟いた。ヴァイドとアイナは彼の言葉に耳を傾ける。
「彼らは『調律師』で、しかも相当な手練だ。今の消耗した僕らじゃ勝つことは難しい。だから……」
 振り向くシェイド。自分の部下達に向け、叫ぶ。
「撤退だ! 急いで船に戻れ!」
 その言葉に最初は戸惑っていた部下達だったが、スキンヘッドの男、エルゴの凶悪な笑みを見て逃げ出す。
「逃がすかよ。おい、セルリー!」
「はいはーい」
 ポニーテールの女の子、セルリーは返事をすると、大剣を抜き放った。勢いよく踏み込む。
 次の瞬間、逃げる盗賊達の頭上にセルリーはいた。盗賊の一人に大剣を突き下ろす。
「『ラクライ』!」
 凶刃は盗賊を頭から切り裂いていき、縦に二分した。
 盗賊は肉塊となり、地に伏した。切断面から血は出ておらず、焦げた臭いと煙を放っている。
「あはは! よわーい!」
 床に突き刺さった大剣の柄に片足で乗り、セルリーは笑った。彼女の全身からはパリパリと音がしている。
「ってめぇっ!」
 激昂するヴァイド。槍をセルリーに向けた。
「ヴァイドくん、落ち着くんだ!」
 シェイドは矢の束をそのまま弓に装填すると、上方に撃ち放った。矢は宙でいくつにも分かれ、セルリー達に降り注ぐ。
「アイナくん、ヴァイドくんを連れて早く逃げるんだ!」
「わかりましたっ」
 アイナはヴァイドの腕を掴み、無理矢理出口へと引きずった。
「行かせるか!」
 盗賊達を追いかけるエルゴ。その頭上にも矢が降る。それらを躱し、舌打ちしてから、エルゴはシェイドの方を向いた。
「てめぇ……死にたいのか?」
「いいや。死にたくないから僕もさっさと逃げるよ」
 そう告げてから、シェイドはもう一度矢を放った。

『復讐の幻想曲(ファンタジア)』3(ライトノベル)


 ケンイチは、騒ぎが起きている場所から離れていっていた。こちらにはあまり兵士がいない。いたとしても、ケンイチはことごとく打ちのめしていた。
 また一人、廊下の端から兵士が出てくる。
「止まれ、盗賊ぅ!」
 兵士により振り下ろされた剣は、ケンイチに届く前に弾かれた。宙を舞う、二本の短剣によって。
「な、なんだそ……」
 言い切らぬうちに、兵士はケンイチに殴り飛ばされた。
 宙を舞っていた短剣は、ケンイチの腰のホルダーに収まった。
 ケンイチはさらに走る速度を上げる。目指すのはこの上の階へと通じる階段だ。上階の玉座の間に、ケンイチは用があるのだ。無言のまま走り続ける。
「姫! どこですかっ?」
 前方から声が聞こえ、ケンイチは足を止めた。腰の短剣に手をかける。
 廊下の奥から、腰に剣を差した若い女が現れた。長くツヤのある黒髪を揺らし、必死に走っている。
「姫ぇー! 返事をして下さ……」
 叫びながら走っていた女剣士は、ケンイチの姿を見ると素早く剣を抜いた。切れ長の両目で、ケンイチを睨む。
「あなた……賊ね?」
「…………」
 ケンイチは質問に答えなかった。代わりに、腰の短剣二本を抜いた。
「賊ね、わかったわ。あなたに一つ訊きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「…………」
 沈黙を続けるケンイチに、女剣士は言い放つ。
「姫を見なかった? 水色のドレスを着た、それはそれは可愛い人なんだけど……」
 ケンイチにはよくわからない質問だった。だから、首を傾げた。
「……そう。困ったわ。姫……いったいどこに……」
 顎に手を当て、思案顔になる女剣士。チラリとケンイチを見て、目を見開いた。
「そうよ! こんなやつらが城内をウロウロしてたら姫が危ないわ!」
 女剣士が剣を構えた。先刻とはうって変わり、剣呑な雰囲気を纏っている。
「……どいてもらいたいんですが」
 初めてケンイチは口を開いた。うつろな目を女剣士に向ける。
「それはできないわ! 王族親衛隊、スピカ姫護衛係隊長、秋実円火(あきみまどか)があなたを阻止するわ!」
 名乗りと同時に女剣士、円火は駆け出していた。反った刃を持つ剣を振り上げる。
 頬をかくケンイチ。
「王族親衛隊に……姫護衛係なんてあるんですか?」
「うるさいっ!」
 振り下ろされた剣は、しかし先程と同じように宙を舞う短剣に防がれた。
「あなたまさかっ……!」
 驚愕に目をむく円火に、ケンイチは拳を放つ。
「はい、『調律師』です」
 パンチは円火を打ち抜くかに見えたが、そうならなかった。円火はとっさに体を傾け、拳を回避していたのだ。
「……そう、だけどね」
 体勢を崩したまま、円火は剣を閃かせる。その刃に真っ赤な炎が灯った。
「それはお互い様よっ! 『炎舞(えんぶ)・真斬火(まぎりび)』!」
 迫りくる炎の刃を、ケンイチは後ろにさがることで躱した。炎により、ローブの一端が焼け落ちた。
「『火の霊泉(フレイム)』の『調律師』ですか……」
 ケンイチは無感情に呟いた。
「そうよ。さぁ、おとなしく捕まりなさい!」
 円火が剣を振るうと、炎がゴウッと音をたてた。
「……それはできません。ボクにはやることがあるんです」
「やること? どうせ城の宝を盗むことでしょ?」
「……違いますよ」
 ケンイチの無表情が、ここで崩れた。鬼気迫るものへと変貌する。円火は気圧され、一歩後退した。
「とにかく……どいてもらいます」
 地面に落ちていた短剣が再び宙に浮いた。まるで誰かが操っているかのように、生きた動きで円火を襲う。
「くっ……」
 なんとか凌ぐ円火に向かって、ケンイチは駆け出した。攻撃すると見せかけ、円火が防御した瞬間にその上を飛び越える。着地と同時に、振り返った。
「失礼します」
「あ、こらぁ! 待ちなさい!」
 追いかけようとした円火だったが、飛来する短剣に阻まれた。
 短剣はヒュンヒュンと風切り音をたて、ケンイチの腰に戻った。
「『風の霊泉(ウィンド)』の『調律師』ね……」
 すでに遠くにいるケンイチを見て、下唇を噛む円火。火を消し、剣を鞘に収めた。
「あ! そんなことより姫を探さなきゃ!」
 黒髪を揺らし、円火は再度駆け出した。

『復讐の幻想曲(ファンタジア)』2(ライトノベル)

 城壁が砲撃によって壊され、中の大広間がむき出しになっていた。
 そこに、飛空挺は着陸した。すかさず機体横の扉が開き、中からの四つの人影が飛び出してくる。
「潜入成功ですね、お頭」
 ニタリと笑ったのは、四人の中で一番長身の若い男だ。ツンツンと跳ねた茶色の髪、鋭い瞳、握られている槍が攻撃的な雰囲気を漂わせている。
「ヴァイド、『潜入』っていうのはねこっそり入ることだよ。これのどこが潜入なの?」
 ヴァイドと呼ばれた長身の男は、隣にいる小柄な少女に鋭い眼光を送る。
「うるせぇぞ、アイナ! だいたい、俺のことは『ヴァイド兄貴』と呼べと言ってるだろ?」
 唾を飛ばしてくるヴァイドに小柄の少女、アイナは嘆息。セミロングの黒髪を揺らし、肩をすくめた。
「呼ぶわけないでしょ? 『兄貴』っていうほど頼りにならないのに」
「またまた恥ずかしがりやがって。『ヴァイドお兄ちゃん』でもいいんだぜ?」
「呼ぶかっ!」
 アイナはヴァイドの頬に拳を叩き込んだ。
「てめっ、この……」
 槍を構えるヴァイド。対し、アイナも腰につけていた鉄の棒を組み合わせて一本の長い棒とし、身構える。
 そんな二人の間に、細身の男が入り込んだ。両掌を二人の前に差し出す。
「こらこら君達、そんなことしてる暇はないよ。ぐずぐずしてると……」
 その片眼鏡をかけた男が言い終わるより前に、大広間に何人もの人が流れ込んできた。全員銀色の鎧を着込み、剣と盾を持っている。
「ぐずぐずしてると兵士が来ちゃうよって言おうとしたんだけど、遅かったみたいだね」
「なに言ってんすか、お頭。どっちみち戦うなら、どこで戦おうと一緒ですよ!」
 ヴァイドはそう言いつつ、迫りくる兵士の一人を槍で吹き飛ばした。
「そうですよ、シェイドさん。戦って突破しましょう!」
 棒を振り回し、アイナも兵士を叩き伏せた。それから敵陣へと突っ込んでいく。
「やれやれ、二人は元気だね」
 苦笑いしながら、片眼鏡をかけた男、シェイドは背中から弓を抜き放った。矢を装填しつつ、後ろを振り返る。
「さぁ君達、行くよ! 宝物庫に向かう者、ここに残ってヴェロシティ号を守る者、二手に分かれるんだ!」
「おおぉっ!」
 背後の飛空挺、ヴェロシティ号の中から何人もの大声が轟いた。機体から、武器を持った屈強そうな男達が飛び出してくる。
 すでに大広間の出口まで達していたヴァイドが、声を張り上げる。
「よっしゃあ! シェイド盗賊団、一世一代の大仕事だ!」
「おおおおぉっ!」
 爆音のような叫び声が上がった。
 そんな部下達の様子を見ながら、シェイドは一言。
「う~ん、僕よりヴァイドくんの方がお頭らしいね……」
 その後、シェイドは隣にいる青年に顔を向けた。
「ま、いいや。とりあえず僕らも行くよ、ケンイチくん?」
「……はい」
 ケンイチと呼ばれた黒髪の青年は、黒いローブを翻らせ、駆け出した。彼に続き、シェイドも大広間の出口へと向かう。
 兵士達を退け、ヴァイド達は大広間を抜けた。真っ赤のカーペットが敷かれた広い廊下に出る。そこに、シェイドとケンイチも到着した。
「盗賊どもがいたぞー!」
 廊下の奥、シェイド達が今から向かう方角から、先程よりも多い兵士達が迫ってくる。
「ワラワラと邪魔だな、一気に突破してやるよ」
 ヴァイドが槍を前に突き出したまま静止した。しばらくして、槍の先端からバチバチと音が鳴る。雷だ。青光りする雷が刃を取り囲んでいた。
 青白い光を浴びるヴァイドの口元が、不敵な笑みを作る。
「くらいやがれ」
 ヴァイドが槍を引き、突き出す。すると、刃を纏っていた雷が弾丸のごとく飛び出していった。
 向かってきていた兵士達は、雷に当たると感電して倒れた。衣服のところどころが黒く焦げている。
「き……気をつけろ! 『調律師(チューナー)』がいるぞ!」
 攻撃を免れた兵士の一人が叫んだ。
「そうだ! 俺は『雷の霊泉(サンダ)』を操る『調律師』、ヴァイド・レインスだぁ!」
 槍を天に突き上げ、高々と宣言するヴァイド。その頭をアイナが小突く。
「カッコつけてる場合じゃないでしょ! さっさと行くよ」
「はいよ」
 走り出すヴァイドとアイナの前に、さらに兵士達が現れた。
 二人の元に、遅れてきたシェイド達が加わり、兵士達と交戦する。
 刃入り乱れる中、ケンイチだけはなにもしていなかった。戦いから少し離れた位置につっ立っている。
「おい、ケンイチ! おまえも戦えや!」
「こら新入りっ、ちゃんと働けー!」
 ヴァイドとアイナの怒号が飛ぶが、ケンイチは動かない。それどころか、進行方向とは逆の方を向く。
「すいません、皆さん。ボクはちょっと外れます。帰りに間に合わなかったら、置いていって構いません」
 言い残し、ケンイチは反対方向へ走り出した。
「ケンイチ、てめぇ!」
 叫ぶヴァイドの頭上に、兵士の剣が迫った。それを、アイナが弾く。
「ヴァイド、油断しない!」
 注意しつつ、アイナもケンイチの方を一瞥した。ケンイチの背中はもう小さくなっていた。
「ぎゃあ……!」
「!」
 悲鳴が後ろで上がり、アイナが振り返ると、そこには頭に矢の刺さった兵士がいた。しばらくして兵士は倒れる。
「ヴァイドくん、アイナくん、二人とも集中だ! ひとまずケンイチくんのことはほうっておこう。あとで無線を使って呼べばいいさ」
 言葉を投げかけながら、シェイドは何度も弓を引く。その度に、ヴァイドとアイナの周りにいた兵士達が倒れていった。放たれる矢は時に加速し、時に不規則な軌跡を描いている。
「くそっ……あの眼鏡も『調律師』だ! 警戒し……がっ!」
 他の兵士達に指示を出していた少し階級の高そうな兵士が、アイナに殴られた。
「わたしもそうだよ!」
 兵士はどんどん増えるが、シェイド盗賊団の勢いは止まらない。

『復讐の幻想曲(ファンタジア)』1(ライトノベル)

序章、夜想曲(ノクターン)の終わり

 誰かがピアノでも弾いているのか、穏やかな音色が夜空に響き渡っていた。
 ルーン王国の首都。ルーン城が中心にそびえている城下町ソングは、毎夜と同じ静かな夜を過ごしていた。
 城以外の建物が明かりを消し、世界が闇に包まれた時分。それは起こった。
 突如、爆音が轟いた。
 町中の建物に明かりが灯った。戦争でも起きたのかと、町民達が次々に家から姿を現す。音のした方角に顔を向け、息を呑んだ。
 四層あるルーン城の三層目、そこから黒い煙が上がっていたのだ。目を凝らせば、黒の隙間に真っ赤な炎が見える。
「……なんだ? なにが起きてるんだっ?」
 騒ぎ立つ民衆。先刻までの静けさが嘘のように、町は喧騒に包まれた。
 誰かが大声を上げる。
「おいっ、見ろ! なにか出てくるぞ!」
 彼の指差した方向に目を向けると、黒煙の中から巨大な物体が出現した。
 大きな翼を持つそれは飛空挺だった。城と比べてみるとわかるように飛空挺としては大きく、大人数が乗ることができるタイプだ。甲板には大砲が備えられている。
 その鈍色の飛空挺が城に機体を寄せた。風圧で煙が消え去り、破壊された城壁があらわになる。
 民衆はそれで悟った。城が何者かに襲われたことを。
 阿鼻叫喚となる城下町。ピアノの音など今やまったく聞こえない。
 夜想曲(ノクターン)は終わった。静寂は、完全に壊れたのだ。
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