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『Peaceful Man』(小説)

 1
 男は平和を愛していた。平和な世界を夢見ていた。
 昨今のような偽りの平和ではない。核抑止で均衡を保っている世界など、平和とは程遠い。一部の先進国以外では絶えず紛争が起きているのも嘆くべき事実だ。
 男が平和を愛するのには理由があった。世界から見ればとても小さなことだが、男にとっては日々を生きる原動力になっているものだ。
 幼い時、男は家族をいっぺんに失った。強盗による殺人だった。遊びから帰ってきた幼い男が見たのは、もう冷たくなった家族の姿だった。
 男は絶望した、世界に。平和だと言われているこの国でさえ、人が簡単に殺される。これのどこが平和なのか。
 親戚のいなかった男は孤児院に預けられた。そこで自分と同じような境遇にいる子どもがたくさんいることを知り、さらに今の平和を疑った。
 孤児院での生活は辛かった。家族がいないことはどうしようもなく苦しい。
 ある日、一人で街をぶらぶらしている時に、自分と同い年くらいの少年を見た。父と母と手をつなぎ、楽しそうに笑っている。
 それを目の当たりにした男の胸に、黒いなにかが沸き上がった。憎しみから来る殺意だった。自分はこんなに辛いのに、なぜ少年は笑っているのだ。言い様もない憎悪につき動かされ、男は近くにあった石を拾い、少年に近寄っていった。
 途中、ふと足を止めた。手の力が抜け、石がコロリと落ちた。
 そうか。こうやって殺人が起こるんだ。
 男は憎しみにより殺人が起きていることに気づいた。そして、きっと殺人によりまた殺人が起きるのだと考えた。今の自分のように。
 男は悲しむことをやめた。
 憎しみが憎しみを生むという負の連鎖。それを引き起こしているのはこの世界だとわかったのだ。
 世界を変えなければならない。
 そう判断した男は、それから懸命に努力した。勉強した。
 現在、成長した男は世界のために働ける職業についている。

 2
「お客さん、どの辺で降ろせばいいですか?」
 タクシー運転手の言葉に、男はハッとした。妻のことを考えるのをやめ、運転手に言う。
「ここでいい。ここで降ろしてくれ」
 タクシーが停車し、ドアが開いた。
「ありがとう」
 運転手に感謝して料金を支払ってから、男は雨降る外へと出た。傘を開く。
「お客さん、大丈夫かい? この辺りは治安が悪いですぜ?」
 運転手が心配そうに言った。男は振り返る。
「……大丈夫ですよ」
 男はマスクをしているため、声はくぐもっていた。
「そうかい? お客さん見たところ金持ちそうだから気をつけな」
 そう告げてから、運転手は車を発進させた。
「……はい」
 タクシーが見えなくなるまで、なんとなく眺めていた男。その格好は単なるスーツだが、運転手が言ったように一目で高級だとわかるものだった。右腕には金ぴかの腕時計が輝いている。持っている傘でさえ有名メーカーのマークがついていた。
「さて……」
 男は体の向きを変えた。視線の先には細い路地がある。薄暗く、たしかに安心できるような場所ではなかった。
「……見極めるんだ」
 しかし、男は憶することなく、路地へと足を踏み入れていった。

 3
 薄暗く、汚い路地を進む。ビルの横から飛び出している鉄階段が目に入った。錆びて、今にも壊れそうだ。
 しばらくして、男の前方向から少女が走ってきた。ボロボロの身なりを見る限り、裕福ではないようだ。
 そんな少女を直視できず、男は目を逸らした。少女とぶつからないように、道の脇に寄る。
 だがどういうわけか、少女が男にぶつかった。
「ご、ごめんなさいっ……」
 男に頭を下げ、少女は走り去っていった。
「…………」
 少女の後ろ姿を眺めてから、男は歩みを再開した。どんどん路地の奥に進んでいく。
 次に男の前に現れたのは少年だった。お腹でも痛いのか、腹を押さえてうずくまっている。
「君、大丈夫か?」
 男は少年に近づいた。身をかがめ、顔を覗く。
「……お腹が……急に痛くなって……」
 少年の声は震えていた。男は心配になり、さらに少年に近寄る。
「ちょっとお腹を見せてみなさい」
 男が少年に手を伸ばした。
 その時だ。
「それをよこせっ!」
 唐突に少年が大声を出した。と同時に立ち上がり、男の腕時計を力任せに引っ張った。
 ブチッという音がし、金の時計がちぎれた。少年はそれを掴んだまま、一目散に逃げ出した。
「…………」
 男は少年を追いかけることをしなかった。ただ無表情で少年の小さな背中を眺めている。
 やがて、少年がいなくなると、男は視線を前に戻した。路地を進んでいく。
 雨が激しくなってきた。夜にはまだ遠いというのに、分厚い雲のせいで辺りは暗い。
 そんな空模様と同じように、男の顔も晴れない。
 前方から足音が聞こえた。誰かが走っているようだ。足音はどんどん近づいてくる。
 しばらくして、薄暗い中に人影が映った。青年だ。痩せた青年が男に向かって駆けてくる。
 青年は男の直前で足を止めた。肩で息をしている青年は傘を持っておらず、びしょ濡れだ。傘の代わりに奇妙な物を持っている。
 雨雲と同じ鈍色をしたそれはナイフだった。小さいが、鋭く、人を殺すには十分に見える。
「金を出せ!」
 掠れた声だ。青年はナイフを男に突き出し、叫んだ。
 男は慌てない。ゆっくりと頷くと、ズボンのポケットに手を入れた。おとなしく財布を渡すつもりなのだ。
 しかし、そこで男は停止した。わずかに目を見開いている。
「おい! 早くしろ!」
 青年が痺れをきらして叫ぶ。男はポケットから手を出した。そこにはなにも握られていなかった。
「すまない。どうやらさっき女の子にすられたようだ」
 青年があからさまに舌打ちした。ナイフをさらに近づける。
「だったら金目のもんだ! なんでもいいからよこせ!」
 男は困った。金目の物など、先刻奪われた時計だけしかない。
「……なにも持ってないんだ。あげられるのはこの傘くらいしか……」
 申し訳なさそうに傘を出す男。青年は怒りに顔を赤くした。
「ふざけんじゃねぇっ!」
 青年が踏み出した。その手に握られたナイフが、まっすぐに男の胸に……。
 刺さらなかった。
 どこかから響いた銃声。狭い路地を反響した。
 遅れて倒れる青年。悲鳴さえ上げられなかった。眉間を撃ち抜かれていた。
 雨がシトシトと降る。青年の頭から流れ出る血を広げていった。
 男は持っていた傘を青年の上にかぶせた。青年が濡れないように。
「大丈夫ですかっ?」
 黒いスーツを着た若い男が駆け寄ってきた。ひどく慌てている。手には銃を握っていた。先程発砲したのは彼のようだ。
「勝手に抜け出さないで下さいよ! 探すの苦労したんですから!」
 叫ぶ若い男をまったく意に介さず、男はただ立ち尽くしていた。
「タクシーの運転手からあなたに似た人を見たって連絡がなければ今ごろ……」
 隣で黒服が騒ぐが、途中からその言葉は男の耳には入っていなかった。代わりに聞こえるのは雨音。さっきより一層強くなった雨の音だけだ。
 男の髪から雨水が流れ出す。しずくは男の眉間を通り、鼻のラインに反って垂れていく。
 その様は、まるで男が涙を流しているかのようだった。
 雨がさらに激しくなった。

 4
 黒い高級車が通りを走っていた。窓は防弾使用でスモークがかかっている。
 その車内。男はなにをするでもなく座っていた。
「だいたいあなたは自分の立場を……」
 運転をしながら先程の黒服がなにかを言っているが、相変わらず男の耳には入らない。
 と、男の胸ポケットの携帯が振動した。液晶に映し出された名前を見て、男はわずかだけ表情を変えた。緊張した様子で電話に出る。
「……もしもし?」
『あ、わたくし……ですが、頼まれていた調査の報告を……』
 男はしばらく相手の言葉に耳を傾けた。
「…………そうか、ご苦労だったな」
 報告を聞き、長く沈黙していた男は、重い声でそう言った。携帯を胸ポケットにしまう。
「……どうかなされたんですか?」
 ただならぬ気配を感じ、黒服が尋ねた。バックミラー越しに男を見る。
 男は首を振った。
「大したことではない。妻の不倫調査を探偵に依頼していてな、その不倫が本当だったとわかっただけのことだ」
「えっ?」
 驚愕し、黒服はバックミラー越しではなく直接男を見た。
 男は、話は終わりだとばかり、両目をキツく閉じていた。

 5
 男は自分の職場に帰還した。服を着替え、いつものデスクに腰掛ける。
 その前には眼鏡をかけた女性がいた。男の秘書だ。
「それでは、遅れてしまった予定を説明させていただ……?」
 秘書が話し始めた直後、男は手でそれを制した。
「いや、いい。その前に私の話を聞いてくれ」
「? ……はい」
 小首を傾げつつ秘書が返事をした。男は口を開く。
「私はこの世界が平和になることを望んでいる」
 男は立ち上がり、窓から外を眺めた。連立するビル群が見える。
「存じております。ですから、今の地位におられるわけですね」
 外はもう日が落ちていた。真っ暗だ。
「そうだ。だから私はこの場所まで昇りつめた。なによりも世界を……世界平和を想って!」
 男は叫んだ。振り返り、机を叩く。
「だが! 私がこの地位について働き、もう十年経つ! その間世界は平和になったかっ? いいや変わってない!」
「…………!」
 いつも穏やかな男が怒ったので、秘書は目を見開いた。びっくりして持っていた手帳を落としてしまう。
「だから私は…………にした」
 手帳を拾うのに夢中で、秘書は男の言葉を聞き逃した。
「はい?」
 聞き直すと、男は静かに告げた。
「私はボタンを押す、ということだ」
「……?」
 ちゃんと聞いてみても、秘書は男の言うことを理解しかねた。
 しかし、男が電子ロック式の引きだしからそれを出した時、全てわかった。顔面を蒼白にし、息を呑む。
 机の上に出されたのは小さなボタンだった。赤いスイッチがガラスの蓋に覆われている。
「もうこれしかないのだ、世界が平和になるにはな」
 目を伏せつつ、男は指紋認証によってガラスの蓋を解除した。赤いスイッチがむき出しになった。
「……お……おやめ……下さ」
 秘書は震える唇を必死に動かし、詰まる喉を懸命に開いた。
 その前に男は片手の伸ばす。
「この決定はもう変わらない。世界を平和にするには、『一度世界を滅ぼす』必要があるのだ。我々はゼロからスタートしなければならない」
 男はゆっくりと人差し指を下げていった。赤いスイッチを押し込む。
「おやめ下さい! 『大統領』っ!」
 秘書の懇願も無意味だった。カチリと、空しい音が響いた。
 ここから離れた軍の本部。そこにあった核ミサイルが、この国の敵対国に向けて発射された。
 その一報が男、この国の大統領の耳に入るのには、まだしばらくの時間があった。

おわり
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