スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『SKY GARDEN』あとがき

 長編ライトノベル、『SKY GARDEN』が完結いたしました! 二か月もかかり、しかも毎日更新というこの作品に付き合ってくださった方、本当にありがとうございます! きっと一人二人しか全て読んでくださった方はいないと思いますが、ゆない。は満足です!
 欲を言えば、もちろんもっとたくさんの方に読んで欲しかったですが、それはゆない。の力不足です。加えて、更新のペースなども考えたほうがいいかもしれませんね。長編小説というものは、なかなか読みにくいものですから。
 しかし逆に言えば、そんな状況にもかかわらず、最後まで付き合ってくださった方には、心の底から感謝いたします。あなたがいてくださったおかげで、ゆない。の物語が世界に生まれたわけですから。
 ゆない。が描いた物語と、あなたが思い描いた物語は必ずしも同じではないと思います。けれど、それでいいのです。読者が感じたこと、それが全て正解なのだと、ゆない。は思っています。
 重ねてお礼申し上げます。

 最後に、ゆない。の好きな曲の歌詞で締めくくります。

 果てしない歴史のこの瞬間に
 果てしない宇宙の中のこの場所で
 僕がいて君がいた
 だから僕ら出会えたっていうこと
 by『LUNKHEAD』「スモールワールド」

 ありがとうございました。もしお暇があれば、また次の作品に付き合ってくださいね!
スポンサーサイト

『SKY GARDEN』38(ライトノベル)


アナザーエピローグ
「むぅ……失礼ですね」
 秋燕家の屋根の上。その少女は呟いた。形のいい唇を尖らせる。
「名前に共通点があったから、ちょっと遊んだだけですよ」
 少女は立ち上がった。夜空を見上げる。わずかだが星が瞬いていた。
「……まぁ、皆さんには感謝しなければいけませんね。私の目的を見事果たしてくれましたから」
 この下にいるであろう勇者達に想いを馳せながら、少女は跳躍した。屋根から飛び降りる。重力を感じさせない速度で着地。ツインテールとワンピースの裾が、ふわりと揺れた。
「さよなら、皆さん」
 輝きを放つ部屋を一瞥してから、少女は歩き出した。シマシマニーソを履いた脚が、軽やかに動き出す。
 それにしても、さすがに今回は焦りましたよ。気まぐれで私が彼にこの石を渡したせいで、あんな事態になるなんて……。
 少女はポケットから菱形をした蒼い石を取り出した。『転位石(アーガイルストーン)』だ。薄暗い路地裏でも彗星のように輝いている。
 少女が何事かを呟くと、石は一際発光した。やがて、青い光の中に人が現れる。目の下にくまのある、不健康そうな青年だ。
 青年は眩しさに目を細めていたが、少女を見つけると凍りついた。
「現実世界の人を巻き込むなんて、ダメじゃないですか、『魔王』さん」
 おびえた表情の青年に向け、少女は悪戯っぽく笑う。カラフルなリボンが踊った。
「しかもゲーム設定を変えて、私がほとんど介入できないようにするなんて……」
 一瞬。一瞬だけ少女の瞳が鋭くなった。青年は肩をビクリと震わせる。
「…………」
 なにか発しようと青年は口を開いた。だが、口はガタガタ震える、喉は詰まるで、声を出すことはできなかった。
 再び柔らかい表情に戻り、少女は喋る。
「そのせいで、私、苦労したんですよ? ナビゲーターなんていう『架空』のキャラを演じたりしたんですから」
 少女は大袈裟に嘆息した。伴い、青年は顔面を蒼白にした。
「あ、そうそう。最後に皇さんを『勇者』にしたのは私ですよ。あなたの力が弱まった隙に、私の力を彼に注いだんです。各ステージのボスが落とすアイテムに、その布石を仕込んでおきました」
 満足そうに頷く少女。
「さて、これでタネ明かしはお終いです。『死ぬ前に』なにか質問はありますか?」
「! …………!」
 助けてくれ。青年はそう叫びたかった。しかし、声が出せない。全身が硬直し、呼吸すらままならなくなってきた。
「質問はないようですね。よかった。あなたも、どうせ死ぬならすっきりしてから死にたいですよね?」
 恐怖が限界を突破した。喉に詰まっていた鉛が取れたかのように、青年は絶叫した。涙も鼻水もごちゃまぜにした顔で、懇願する。
「た……助けてくれっ……!」
 少女は応えない。一歩、また一歩と青年に近づいていく。
 後退する青年。バランスを崩し、尻餅をついた。それでも必死に後ろへとさがっていく。
「た……頼む……助けてくれ……」
 無情にも背が壁についた。
 夜空に輝く月が、雲に覆われた。少女の顔が影に包まれる。
「それはできませんよ。あなたはたしか魔王でしたよね? 魔王は必ず……」
 雲が取り払われた。月光が再び降り注ぎ、少女の顔があらわになる。
「死ぬ運命なんですから」
 赤い、紅い、朱い瞳。少女の両眼は血に染まっていた。
 絶望。
 青年の頭に浮かんだのはそれだけだった。
「助けて……くれ……魔法使い……」
「ダメです」
 即答し、少女、魔法使いは片手を天に突き上げた。
「っ……!」
 青年の体が粉々に砕けた。砂となり、床に零れ落ちる。
 しばしそれを眺めてから、魔法使いは手を叩いた。
「さて、次はどんなゲームをして遊びましょうかね」
 夜風にさらわれて青年だった砂が飛び散る中、魔法使いは歩き出す。唇に手を当て、楽しげに思案する彼女の態度は、もう先程の青年のことなど忘れたかのようだ。
「今回のことで気に入りましたし、また皇さん達にも参加してもらいましょうかね?」
 見えない階段でもあるかのように、魔法使いは空に上がっていく。街全体を見渡せる位置で停止した。
「ま、とにかく今はお別れですね」
 微笑み、少女は『転位石(アーガイルストーン)』を取り出す。
「『テレポー』!」
 可愛らしい声とともに、青い閃光が弾けた。まるで刹那だけ朝に戻ったかのような光量だ。
 しかしすぐに元の闇に戻る。
 そこに魔法使い、広森零(れい)の姿はなかった。

GAME OVER

『SKY GARDEN』37(ライトノベル)


エピローグ
 目を覚ました。上体を起こす。
 皇、一葉、凰華は向かい合っていた。それぞれに辺りを見回し、揃って眉を寄せる。
「帰ってきた……のか?」
 三人が思っていることを、皇が代表して口にした。
「そうみたいね」
 一葉はめんどくさそうに肩をすくめ、
「…………」
 凰華はカクンと首を縦に振った。
 三人がいるのは一葉の部屋だった。室内は、ゲーム世界に旅立ったあの日のままのように見える。ゲームのカセットなどが散乱していた。
「時刻もほとんどあの時のままみたいだな」
 制服姿の皇は立ち上がった。窓の外を見ると、空は暗い。
「時間が経ってないなんて変な感覚ね。向こうでは何日も過ごしたのに」
 同じく制服姿の一葉は、黒い髪を払った。
「確かにそうだよな。もしかして、全部夢だった……とか?」
「夢じゃ……ない」
 冗談混じりに皇が発言すると、凰華は首を振って否定した。
「夢じゃ……ないよ」
 確信を持って告げ、凰華は一点を指差す。皇と一葉はそちらに目を向け、息を呑んだ。
 煌々と光を放つテレビ画面。
『ありがとう。勇者一行』。
 画面にはそう映し出されていた。そして文字の下には碧の姿があった。スカイブルーのドレスに身を包んだ姫、空園碧だ。
 彼女の眩し過ぎる笑顔に、皇も笑みを溢れさせた。
「そうだ。夢なわけないよな。夢なんかでたまるかっ!」
 喋る度に涙が流れた。胸がいっぱいになった。
 それは一葉や凰華も同じようだ。瞳の中には透き通る星空が広がっている。
 誰からともなく手を繋ぐ。結ばれた手は温かかった。
 三人の頭に流れる、『スカイガーデン』という世界。青い世界で紡がれた、勇者一行の冒険譚。
 アットホームだった村。ナビゲーターとの出会い。豪快に笑う料理の上手な麻良おばさん。口ほどにもなかった鷹の怪物。
 科学と文化が共生した水の都。『酸素ガム』に『ウォーターレジスター』。海の神『リヴァイア』とその息子。
 灼熱の砂漠。魔物に乗っとられた高い塔。オアシスで開かれた水パーティー。
 機械仕掛けの街。街中を歩く『ギア』。『蛍光刀』。機械と人間を比較した青年。
 雪山。『天国の果実』。『アイスタイガー』との戦い。『ヌスト盗賊団』。大事な友達との初めての出会い。
 霧に包まれた城下町。幻の城。碧との再会。世界の秘密。勇者の決意。
 高速列車『リニアレール』。流れゆく景色。『チタンドラゴン』。列車の屋根での決闘。
 『ケイサーステーション』。『ケイサー』との争い。友達との再会。協力。一葉の決心と告白。
 『スカイガーデン』。真っ白いお城と真っ黒い大地。予言者の部屋と言葉。ナビゲーターとの別れ。自身を神と名乗る青年。魔王との死闘。勇者の覚醒。
 仲間達との別れ。それぞれの旅立ち。
 回想が終わった。皇達は真に現実へと帰還したことになったのだ。
 それを察したかのように、しばらくして碧の映像は消えた。
 しかし、彼らの胸にある映像は消えない。心に刻まれた冒険の思い出は、これからも決して失われないだろう。
「……ところでさ」
 晴々とした表情から一転、釈然としない面持ちになる皇。
「結局『天空の支配者』ってどういう意味だったんだ? 空にある城、『スカイガーデン』を攻略したからってことか?」
「それはどうかしら。たしか予言者はあたし達のことを『元々天空の支配者』って言ってたわよ?」
 一葉は顎に手を添える。
「そうなると、『スカイガーデン』攻略の前からあたし達は『天空の支配者』のはずなのよ」
「……そっか。やっぱわかんねぇな。なんで俺達が『天空の支配者』なんだか……」
 皇は腕を組んだ。一葉はお手上げとばかりに『めんどくさい』と呟く。
 そんな時、凰華が片手を上げた。授業で発言する生徒のようだ。
「どうした、凰華?」
 皇が先を促すと、凰華は口を開いた。
「名前……」
「名前? 名前ってどういうことだ?」
「ボク達の……名前」
「俺達の名前? 俺達の名前がなんなんだ?」
 要領を得ない凰華の台詞に、皇は多少苛立つ。凰華に詰め寄った。
「皇の名字は鷹丘……」
「だから?」
「わかったわ、凰華」
 一葉は皇の頭をバシッと叩く。
「つまり凰華はこう言いたいんでしょ? 皇の名前は鷹丘皇だから鷹。あたしは秋燕一葉だから燕。鳥の名がついてるから『天空の支配者』ってわけね?」
「そう」
 凰華は頷いた。納得しないといった顔になる皇。
「でもよ、じゃあ凰華は? 凰華には鳥の名前なんて……」
 そこで皇は気づいた。恐る恐る凰華に尋ねてみる。
「まさか……鳳凰か? 自分は鳳凰だって言いたいのか?」
 微かに口元を緩め、凰華は首肯した。頭頂部の髪が楽しげに揺れる。
 皇はため息をついた。
しばらく沈黙が流れる。自分以外の二人を一瞥してから、三人は同時に噴き出した。
「はははは、なんだそりゃ? そんなアホなこと思いつくのは凰華だけだろっ」
「ふふ、凰華。いくらなんでもそれは無理があるわよ」
「うん、ボクもそう思う」
 顔を見合わせる三人。そしてもう一度笑った。一葉の母親に『うるさい』と怒られるまで、笑い続けた。
 そうだ。帰ってきた。これが俺の世界。俺や一葉、凰華の世界なんだ。そして……。
 俺達の冒険なんだっ!
 かくして、勇者一行は新たな旅に出るのだった。

『SKY GARDEN』36(ライトノベル)


 『ハミングバード』の修理を終え、機内で休憩していた燐、日奈、夢芽。突然起きた地震に、三人は身を寄せ合った。
「なんだろ? この地震……」
「空の上で地震? おかしいだろ?」
「みんな……大丈夫かなぁ……」
 城に入っていった皇達の心配をし、表情を険しくした時だ。
「おーい! 脱出すんぞー!」
 彼女達の耳にそんな声が飛び込んだ。
「こーくん!」
 日奈は扉を開いて外に出ようとする。
「待ちな! 発進準備をするんだよ!」
 呼び止めたのは燐だ。皇の言葉から事態を正しく把握し、飛行準備にかかった。
 あらかた準備が整った時、皇達が機内になだれ込んだ。後ろ手に扉を閉め、飛び立つように促す。
「わぁってるよ!」
 苛立ち混じりに、燐は操縦桿を操作した。機体を浮上させるため、レバーを引く。
上部にある翼が開き、羽ばたきを開始。機体が浮上した。
「全速力だ! お前ら掴まれよ!」
 乗組員の返事も待たず、燐は操縦桿を繰る。翼がせわしく動き、速度が一気に上昇した。
 皇は姿勢を崩して倒れた。そのまま進行方向と逆に転がっていく。崖から落ちる小岩のように回転し、最後尾にあるドアをぶち破った。室内の壁に激突し、ようやく止まる。
「てぇ……」
 呻いてから、痛む腰をさすりつつ立ち上がった。
 目の前には一つの窓があった。青を背景とし、離れゆく白いお城と黒い球体を映し出している。
 皇はしばらくその景色を眺めた。
 崩壊していく空の島。黒い大地がバラバラになっていく。漆黒の破片は、眼下の海に飲み込まれていった。
「さよなら、『スカイガーデン』」
 知らぬ間に、皇の口から別れの言葉が漏れていた。
 皇の台詞に応えるように、『スカイガーデン』は一層激しく砕け始めた。三分の一が姿を消し、もはや原形はない。これでは単なる巨岩だ。
 『ハミングバード』が近くの海岸に着陸するまで、皇は外を望み続けた。
 『勇者』の姿で。
 青年の眼差しで。

 サラサラとした砂浜の上、『ハミングバード』は着陸。何度か操作不能になったが、なんとか大地に降り立つことができた。
「……さて、お別れだな」
 水平線に沈みゆく太陽を瞳に写しながら、皇が口を開いた。橙に染まる双眸は、微かに揺らいでいるようにも見える。
 その場の誰も、皇の言葉には応えなかった。同じように朱に染まる海面を眺めているだけだ。オレンジ色の水面は風に吹かれて波を立て、星のように瞬いた。
 海岸に波が押し寄せる音だけが、しばらく全員の耳に流れる。
 『スカイガーデン』というゲームを皇達は攻略した。魔王を倒したので、彼によってゲーム世界に閉じ込められていた人々は、徐々に元の世界へと戻るだろう。
 役目を果たしたので、皇、一葉、凰華がこの世界にとどまる理由はなくなった。碧の持つ『転位石(アーガイルストーン)』を使えば、すぐにでも現世に帰れる。
 待ち望んでいたはずの現実への帰還。だが、皇達は素直に喜べなかった。元の世界に戻るということは、碧、帆波、燐、日奈、夢芽と別れることを意味しているからだ。
 それは全員がわかっている。だから誰も口を開かなかったのだ。口を開けてしまえば、出てくるのはきっと別れの言葉だろうから。
 打ち寄せる波とともに、声が響いた。碧のものだ。
「ありがとう、皇くん、一葉、凰華」
 夕日を背景に、碧はニコッと笑ったようだった。逆光であるため詳しい表情はわからない。特に目元は、橙色の前髪に隠れてよく見えない。
「うん」
 応えたのは皇だけだった。一葉、凰華は相変わらず無言のままだ。口をきつく結んでいる。目の端には光るものがあった。
「わたしからもお礼を言わせて下さい。わたしを、『スカイガーデン』を救って下さり、ありがとうございました」
 深々とお辞儀をする帆波。それにも皇はただ一言。
「うん」
「なんだよ、辛気臭い顔して」
 バシッと皇の背中を叩いたのは燐だ。
「出会いがあれば、別れもあるさ」
 そっぽを向きながら、もう一度皇の背中を、今度は強く叩いた。
「いてぇよ……」
「貧弱者が」
 二人は笑い合った。
「う……ぅうえぇぇーん!」
 そんな姿を見せられてしまい、日奈は号泣した。今まで我慢していたが、ここが限界だったのだ。涙は次から次へと溢れ、砂浜にシミをつけていく。
「日奈ちゃん……」
 彼女に話しかけようとして、皇は言葉に詰まった。自身の視界が揺れていることに気づいたのだ。泣くのを堪えるため、眉間に力を込めた。
「日奈ちゃん、ありがとね。君のおかげで色々助かったよ」
 ひくっと喉を鳴らす日奈。流れ出ようとする光を押し込め、気丈にも笑顔を作る。
「ばいばい……こーくん。あのね……大好きだよ」
 頑張ってそこまで告げると、日奈は皇に背を向けた。もう溢れ出すものを抑えることはできなかった。
 震える肩に向け、言葉を紡ぐ皇。
「ありがと、日奈ちゃん」
 続いて、皇は夢芽に視線を移す。夢芽は泣き崩れていて、まともに会話できそうになかった。
「じゃあね、夢芽ちゃん」
 皇に頭を撫でられると、夢芽は涙を溜めた瞳を彼に向ける。一度だけ小さく頷いた。
「あたいらの別れはすんだ。後は好きにしな」
 別れの挨拶が済むと、燐はさっさと『ハミングバード』に乗り込む。号泣しながら、日奈と夢芽も続いた。
 やがて飛び立つ鉄の鳥。夕日とは逆の方角へ向かっていき、小さくなっていく。しばらくして、薄闇の彼方に消えた。消え入るその時まで、皇達は手を振り続けていた。
 皇は今一度碧に向き直る。ためらいながらも、片手を差し出した。
 碧はその行動の意味を理解する。ポケットからそれを取り出した。
 現実とゲーム世界を繋ぐ石、『転位石(アーガイルストーン)』だ。
「最後に一つだけ訊きたいんだけど、いいかな?」
「……なに?」
 蒼い石を受け取りつつ、皇は言葉を紡ぐ。
「これからこの世界はどうなるんだ? 多くのキャラクターがいなくなって、世界として形を保っていられるのか?」
 皇はその一点だけが心配だった。せっかく世界を平和にしたというのに、壊れてしまっては元も子もない。
「大丈夫だよ。『スカイガーデン』は崩壊しちゃったけど、他の場所はなんともないから」
「……そうか」
 碧の言葉に頷くと、皇は『転位石(アーガイルストーン)』を掲げた。一葉と凰華が皇の周りに集まる。反対に、碧と帆波は離れた。
 『テレポー』。たった一言だ。ただそう言えばいい。そうすれば現実世界に戻れる。
 しかし、皇にはなかなかその言葉が口にできなかった。怖いのだ。碧と別れることが。
 一葉が皇の手を握った。優しく、柔らかく。
「皇、帰りましょう。あたし達の日常に。そこがあたし達の住む世界なんだから」
 繋がれた二人の手の上に、凰華が自分の手を重ねる。
「皇……。帰ろう」
 皇は幼馴染み二人の温もりを感じた。触れ合う手の平から、心地よさが溢れる。
 そうだ。俺がいる場所はここなんだ。一葉がいて、凰華がいる、そういう世界なんだ。
 笑みがこぼれていた。迷いは消える。二人の手をまとめて握り返した。
「碧、俺は帰るよ。こいつらがいるところに」
「うん。それがいいと思う」
 皇が笑った。碧も笑った。
 深呼吸をしてから、皇は叫ぶ。
「『テレポー』っ!」
 青が弾けた。
 空間が青く、蒼く、碧く満たされていく。
 皇達は感覚が薄れていくのを感じていた。柔らかな光に体が包まれていく。
「皇くんっ!」
 碧は駆け出していた。駆け出して、皇に抱きついた。そして、
「!!」
 キスをした。
 唇に触れる甘い刺激に、皇の脳はスパークした。心拍数が桁違いに上昇する。
 刹那のような、永遠のようなくちづけが終わった。真っ赤な顔で、碧は一歩退く。
「あああああおいっ?」
 大混乱する皇に、碧は微笑みかける。清楚な花のごとく、空に咲く大輪のごとく。
「あのね、皇くん。ほんとはわたしが『スカイガーデン』の姫なんだ。帆波の方が召喚体なの」
「「「!」」」
 驚愕の事実に目を見開く三人。体は足の方から消え始めている。
「いつかわたし訊いたよね? 『姫は誰に恋すると思う?』って」
「うん……」
 下半身が消滅してきた。上半身も光に埋もれていく。
「その答えはね……勇者だよ。それで、『勇者』ってことは……」
「俺だね」
 皇は照れたように微笑した。碧はまんまるの目をさらに丸くする。
「え……?」
「碧が本当の姫だってさ、なんとなく予想はついてたんだよ」
 もはや皇は頭部だけになっていた。青い光が皇達三人を溶かしていく。空へと。現世へと。
「……皇くんっ」
 青い涙が砕けて落ちた。碧は皇の頬を触る。もうほとんど実体がなくなっていることに気づき、胸が苦しくなった。
「碧」
 皇の瞳から、鷹のように鋭い瞳から、一条の青が流れる。
「俺、鷹丘皇は現実世界に帰る。だけど……だけど『勇者』は、君の『勇者』はずっとここにいる。ここにいるよっ!」
 皇の体はゲーム世界から消失した。
 消えゆく最後の瞬間、碧の耳に届いた、『勇者』の言葉。
「なぁ『姫』、『勇者』は誰に惚れると思う?」
 青い閃光が弾けた。

『SKY GARDEN』35(ライトノベル)


 やはり敵はどこにもいなかった。そのため、ダンジョンを進む上で皇達が困ることはない。赤い絨毯が道を示してくれることも広大な城内攻略に一役買っていた。
 長い長い階段の頂上で、足を止める。目の前には城門よりも巨大な扉がある。
「さぁ、みんな、準備はいいか?」
 皇は背後の仲間達に振り返った。
「大丈夫よ。あんたがびびってヘマしなければね」
 一葉は軽く手を払い、
「……任せて……」
 凰華は髪の毛を揺らし、
「皇くんと一緒なら、余裕だよ!」
 碧はガッツポーズをし、それぞれ応えた。
 皆さんマイペースですね……。
 三人の相変わらずの調子で、皇の中にあったわずかな迷いは断ち切られた。
 全員の視線が扉に集まった時、それが自ら開いた。鉄が地面をこすれて耳障りな音をたてる。
 一直線。まっすぐな廊下があった。両脇に燭台をつけ、それは延々と続いている。
「玉座の間だね」
 碧が呟いた後、皇達は歩みを開始した。先の見えない道を一歩一歩進んでいく。
「よく来たな、勇者諸君」
 重々しい声が響いた。それは玉座に腰かけている青年が発したものだ。
「な、なんだっ?」
 皇は目を白黒させた。玉座という豪華な席についているにもかかわらず、青年の格好が普通だったからだ。白いTシャツにジーンズ。一般的な服装の中でも、比較的地味な姿だ。
「お、お前は?」
 皇は尋ねざるをえなかった。眼前の青年は、魔王にもゲームクリエイターにも見えない。
 豪奢な椅子から飛び降り、青年は告げる。
「僕はこの世界を創り出した者だ。……いや、今は魔王と融合してるから、『魔王』と言った方がいいかな」
 目玉をぎょろぎょろさせながら、青年は微笑した。目の下にくまがあり、生気のない白い顔は不気味だ。
「魔王っ!」
 碧は叫ぶと同時、刀を構えた。やや遅れて皇、一葉、凰華もそれぞれの武器を取る。
 一瞬で空間を緊張が埋めた。
 発生した静けさに、碧が声を滑り込ませる。
「……帆波はどこ?」
 その言葉に青年、魔王は破顔した。真っ白い顔に浮かぶ笑みは病的で、皇達に嫌悪感を植えつける。
「さて、どこだろうな?」
 魔王は肩をすくめた。皇達の表情が曇ったのを確認してから、背後を顎で示す。玉座の左右にあったカーテンが取り払われた。
 皇達がそちらに目を移すと、
「! 帆波っ!」
 十字架にはりつけにされた空園帆波の姿があった。スカイブルーのドレスに身を包んでいる。活発そうな碧と違い、おしとやかなイメージがあった。
「帆波っ、帆波っ!」
 碧が必死に声をかけるも、帆波が応える様子はない。眠っているようだ。
「……帆波になにをしたの?」
 涙を浮かべた目で、碧は魔王を睨んだ。
「眠ってもらっただけだ。体の方は異常ないから安心しろ」
 帆波が一応は無事だとわかり、碧は安堵の息を吐いた。そのまま崩れ落ちそうになったところを、皇が支えた。
「おい、魔王。ゲームなら一人でやりやがれ。勝手に現実世界の人達を巻き込むな。それと、俺の友達を悲しませるな」
 皇の瞳は怒りで研ぎ澄まされている。幼馴染みの一葉と凰華でさえ、その鋭さに恐怖したほどだ。
「ゲーム? 現実世界? 君はなにか勘違いしてるみたいだな」
「勘違い?」
「そうだ。僕にとってはゲームも、君達が住んでいる世界も、どちらも現実なんだよ」
 言い終わると両手を広げ、魔王は血色の悪い口元をさらに歪めた。
「さぁ、君達と話していても意味などない。考え方が違うんだ。決してあいいれぬ存在同士さ」
 魔王の背中から翼が現れた。それから、全身が漆黒の鎧に包まれていく。
「相反する者達は同時に存在することができない」
 右手に暗黒色の剣、左手に盾が握られた。
「ならば、どうする?」
 金色に輝く瞳。猛禽類のように殺戮的な両眼が、皇達を射抜く。
「戦うだけだ! どちらかが潰れるまで、消滅するまで、戦えばいいっ!」
 宣言は開戦ののろしだった。
 BATTLE!!
 普通の戦闘でも、ボス戦でもない音楽が流れる。荘厳なメロディは、嫌でも緊張感を高めた。
 魔王のターン。
「『死』こそが君達の最終ステージだ」
 剣を払った。刃から闇が飛び出し、弾丸となって皇達を襲う。さすがにラスボス。皇達の体力は大きく削られた。
 しかし、皇は口角をつり上げる。
 一撃がこのくらいのダメージか。確かに脅威だけど、大丈夫だ。逐一回復していけば、負ける、すなわち死ぬことはない。
 魔王のターン。次の攻撃も似たようなダメージを皇達に与えた。
 一葉のターン。
 その文字が頭上に現れた時だった。
「愚か」
 一葉が斬られた。彼女のターンだというのに動いた魔王に、片腕を両断された。
 切断された左腕が宙を舞う。鮮血を振りまきながら、床に落ちた。
「か、一葉ぁっ!」
 皇は叫んでいた。すぐさま一葉に駆け寄る。
 それが間違いだった。
「愚か愚か」
 凰華が貫かれた。魔王の持つ暗黒の剣は、彼女の小さな体躯を簡単に貫通していた。
「凰華ぁっ!」
 喚き、皇は足を止める。一葉の方に向かうか、凰華に近寄るか、一瞬思考した。
 魔王はその隙を見逃さない。闇よりも黒い刃を走らせ、皇の首筋を斬り裂きにかかる。
 くそ! なんでだっ? なんでなんだっ?
 起きている事態が認識できず混乱していたので、皇はそのことに気づかなかった。
 黒色が首を斬り落とそうとした途端、間に刃が出現した。青い炎を纏った刃は、黒を弾き飛ばす。
「皇くんっ、しっかりしてっ!」
 碧の言葉でハッとする皇。表情を引き締め、杖を構える。
 そうだ。落ち着け。ここはゲーム世界なんだ。体力は減っても、傷はすぐにふさがる。
 魔王を警戒しながら、素早く視線を走らせる皇。一葉と凰華を交互に見ると、驚愕に顔を歪ませた。
 二人の傷はまったく治っていなかったのだ。斬り落とされた腕のつけ根から、ダボダボローブに包まれた体から、絶え間なく血が溢れている。深紅の赤が床に零れる度、絶望が皇を埋め尽くす。
「愚か愚か愚か」
 クツクツと笑う魔王。笑い声はやたらと反響した。
「愚かだっ! 僕はこの世界を創った存在。いわば神だっ!」
 一葉と凰華に慌てて駆け寄る皇と碧を眺め、愉快気に口元を歪ませる。
「神が創造した世界なら、神が創り変えることなど容易。今僕は世界のルールを変換したんだ。RPGから、アクションゲームにね」
 魔王は高らかに笑った。漆黒に包まれた鎧の中で、金色の瞳だけがギラギラと輝いた。
「本当は最強装備も解除してやりたかったんだが、なぜかそれは無理だった……」
 大袈裟に嘆くような動作を取る魔王。しかし、その姿を見る者は誰もいない。
「一葉っ、一葉っ!」
 皇は懸命に一葉に呼びかけていた。一葉の閉じられていた瞼が、微かに開く。
「こう……」
 一葉は呟いてから、皇の腰元を指差した。そこにはアイテム袋があった。
「アイテムなら……アクションゲームでも……」
「そうかっ!」
 その言葉で皇は気づく。アクションゲームでもアイテムは使えるのだ。つまり、一葉や凰華を回復させてやることができる。
「碧っ!」
 腰の袋から、あるアイテムを取り出し、凰華の元にいる碧に投げ渡した。
「うんっ」
 皇と一葉は同時にそのアイテムを使う。どんな状態異常も回復する、『オーヒール』だ。
 賭けだった。腕のない一葉や、腹を穿たれた凰華の状態をゲームが『状態異常』と判断するのか。そこが焦点になってくる。
 一葉と凰華は光に包まれた。しばらくして、破損した体が修復され始めた。
 ……よかった。どうやら治るみたいだな。
 皇は胸を撫で下ろした。それから、瞳を尖らせた。
「復活すると面倒だ」
 魔王は駆け出す。全快する前に一葉と凰華を殺そうと、剣を振り上げる。
「「『ファイドン』!」」
 彼の眼前に灼熱が出現した。慌てて動きを止める魔王。
「くっ……」
 魔王が火炎を剣や翼で払い飛ばすと、眼前に二人の人物がいた。皇と碧だ。
「さっきは油断したけど、今度はやられねぇ」
 十字の杖を逆さに持ち、まるで剣のように掲げる皇。
「わたしはもう逃げない。一人じゃないから、魔王にも勝てるっ!」
 青く輝く刀。揺らめく蒼炎の向こうで、宣言する碧。
 並び立つ二人を見て、魔王は破顔する。
「愚かだな。神に勝てるはずがない!」
 剣を振り上げ、魔王は走り出した。一気に距離を詰め、刃を振るう。
 杖で受け止めた皇だったが、勢いを殺しきれず、吹き飛ばされた。
 その攻防の隙に、碧は刀を走らせていた。魔王の胴体を斬り裂きにかかる。
 青い刀身が鎧にぶち当たった。だがそれだけだ。魔王を斬るどころか、鎧に傷がつきさえしない。
 無防備になった碧は、魔王に蹴り上げられた。首根っこを掴まれ、すぐに叩きつけられる。
「無駄だ。たった二人で魔王に……」
 碧を踏みつけながら喋る魔王。その背後、皇は立ち上がり、再びラスボスめがけて突進した。
「神に勝つことなど……」
 皇の杖が頭に激突する寸前、魔王は振り返る。同時に拳を繰り出していた。
「できないっ!」
 やばっ……。
 直撃を覚悟し、目を閉じる皇。彼の耳にこんな声が響く。
「勇者のくせにびびってんじゃないわよ」
 魔王が真横に吹っ飛んだ。代わりに皇のよく知る女の子が現れる。
「相変わらずめんどくさいわね、皇は」
 碧を助け起こしつつ、一葉はあきれた表情になった。
「……お前は相変わらず乱暴だな」
 皇の言葉に、一葉はフッと笑った。小さめの胸をドンと叩く。
「当然よ。あたしは『戦士』なんだからね」
 一葉の言葉が終わるか終わらないかの間に、皇達全員の体が赤く光り始める。
 皇はその光に見覚えがあった。真っ赤な光は、攻撃力上昇魔法『コージョー』によるものだ。確信を持って視線を走らせると、その人物と目が合った。
「『賢者』もいるよ……」
 その人物、凰華は無表情でピースをする。髪の毛がピョコンと揺れた。
 不敵に笑う皇。魔王の方を向く。魔王はちょうど立ち上がったところだった。
 そうだ。そうだよ。こいつらがいれば……。こいつらと一緒なら……。
「くそ……。君達、神を怒らせたな」
 魔王は怒りの形相。黄金の瞳を研ぎ澄まし、皇達を睨んだ。
「っ……!」
 途端、魔王は動きを止める。本人の意思とは関係なく、全身が震え出した。恐怖しているのだ。
 なにに?
 目の前に立つ青年に。青年の、魔王よりも鋭く、研ぎ澄まされた、刃のような両眼に。
 こいつらと一緒なら、なんでもできる!
 高揚する意識とは裏腹に、皇は静かに口を開いた。
「おい……魔王」
 話しかけられただけ。それだけで魔王は一歩退いていた。
 伴い、一歩踏み出す皇。
「俺達勇者一行が……」
 一葉を、凰華を、碧を見る。自身の胸を叩く。まるで鼓舞するように、まるで自分こそが勇者だというように。それから、魔王をまっすぐに指差した。
「おまえを倒すっ!」
 いの一番に飛び出したのは一葉だ。持ち前の瞬速を活かし、一気に魔王との距離を詰めた。剣を掲げ、裂帛の気合いとともに振り下ろす。
「はあぁっ!」
 白刃が光を放つ。光は刃となる。一葉の超必殺技、『フラッシュスラッシュ』だ。
 魔王の左腕が舞い上がり、落ちた。
 次に前進したのは凰華だ。小さな体を精一杯躍動させ、杖を天に伸ばす。そして叫んだ。皇や一葉が知る限り、一番大きな声だった。
「『シーエンド』っ!」
 大津波。巨大な海流が、魔王を飲み込んでいく。激流を超越した激流。世界の終わりが来たとしたら、きっと大海はこのように荒れるのだろう。
 魔王の両翼がちぎれ飛んだ。
 続いて駆け出したのは碧だ。青い、蒼い、碧い炎を全身に纏い、刀を閃く。碧の超必殺技だ。
「『灼碧一刀流奥義・灼碧炎空(しゃくへきえんくう)』!」
 さながら青い龍のよう。灼熱を内包した蒼い刃は、魔王の左腕を両断した。地面に落ちる前に、それは塵芥となった。
 最後に進み出たのは皇だ。
 皇にはある予感があった。この世界に来てから、ずっとあったものだ。
 ……やっぱりな。
 笑った。不敵に、爽やかに、皇は笑った。ゲームに必ず出てくる『彼』がいつもやるように。姫を救うためにいる『彼』がやるように。
 そう。すなわち、『勇者』がやるように笑ったのだ。
 それに呼応するかのように、輝きを放つものがあった。皇達が身に着けている、今までのボスから手に入れたアイテムだ。アイテムは一葉や凰華の元を離れ、皇の全身にくっついていく。
 全てのアイテムが皇を包んだ時、皇の格好が変わった。『魔法使い』らしかった黒いマントは白へと変化。マントの下に着ていた服は、シルバーに輝く鎧に変貌。そして、杖だと思われていた物体は、剣へとその姿を変えた。杖の柄が鞘になっていたのだ。
「魔王……いや神だっけか? ……なんでもいいや。とにかく……」
 皇は握り締めた白銀の剣を、魔王に向ける。
「お前を倒す!」
 皇は勇者だった。正真正銘、『スカイガーデン』の勇者だったのだ。
「知らない……」
 眩い光を放つ皇を見ながら、魔王はおびえたように漏らす。
「そんなシステム……僕は作ってないぞ」
 白いマントを翻らせ、皇は駆け出した。進む度に、銀色の光が尾を引く。
 剣を天に突き上げた。
 皇は超必殺技を持っていなかった。いや、ないと皇達が勝手に勘違いしていたのだ。彼の超必殺技の欄には『超必殺技』としか書かれていなかったから。
 しかし、この姿になり、皇は気づいた。『超必殺技』なるものこそ、自身の超必殺技なのだと。
 そして皇は放つ。『超必殺技』を。
「これで……終わりだっ!」
 闇を打ち砕く一撃。
 運命を切り開く一太刀。
 世界を救う斬撃。
 光。
 光!
 光!!
 煌めく刃は、魔王を縦に斬り裂いた。白銀が暗黒を断ち斬るその様子は、光が闇を照らすかのようだった。
 ホログラムのように乱れ、魔王は消滅。跡形もなくなった。その後一瞬だけ姿を見せた青年もすぐに消える。
「帆波っ」
 碧はすかさず帆波に駆け寄る。十字架を破壊し、帆波を抱きかかえた。
「帆波っ、帆波っ」
 必死に呼びかけると、帆波は目を開いた。数回弱々しく瞬きしてから、碧に抱きつく。
「よかったな」
 泣きながら抱き合う二人を眺め、皇は微笑んでいた。
「そうね。よかったわ」
「うん」
 皇の両隣に並ぶ幼馴染み二人。一葉もこの時ばかりは『めんどくさい』とは言わなかった。凰華も普段の無表情を消し、人並みの笑顔だ。
 全員の緊張が解け、穏やかな空気になる。
「碧と姫が無事でよかった。それに……」
 皇は一葉、凰華と視線を移した。
「お前達もな」
 二人に向けて片目をつぶってみせる。その後、自分なりの爽やかな笑顔を作った。
「「キモい……」」
 幼馴染み二人は顔を歪めるのだった。
 その刹那、城が揺れた。いや、この島全体が震動した。小さな震動が断続的に起こる。
「な、なにっ?」
 不安を顔に貼りつけ、碧は皇に身を寄せる。
「どうやら、『スカイガーデン』が壊れようとしてるみたいです。魔王の制御がなくなったからでしょう」
 帆波の言葉に苦笑する皇。
「……なるほど。お決まりの展開ってわけだ」
 ため息を吐いてから、皇は駆け出した。
 揺れはどんどん大きくなっていく。柱が倒れ、シャンデリアが落ち、ドアが外れた。燭台が落下し、城内が燃え始める。白い世界は、瞬く間に赤く染まった。
 急ぎ、五人は城から脱出した。

『SKY GARDEN』34(ライトノベル)


 白くて巨大な城門は、皇が軽く押しただけで開いた。まるで最初から待ち構えていたかのようだ。四人は城内へと足を踏み入れた。
 中も全て白一色だった。さながら色づけされる前の塗絵だ。天井にかかるシャンデリアも、四つある階段も、床もドアも白い。
「……汚れが……目立ちそう……」
 凰華の発言はまるで主婦のようだ。しかし彼女の考えとは裏腹に、城内はどこも汚れていなかった。その不可思議さが皇達に恐怖を生じさせる。
 周囲を警戒する皇。刃のように尖った両眼が、辺りをくまなく調べる。
「……変ね」
 同じように視線を巡らせていた一葉が、小さく呟いた。声は白い世界を反響する。
「ああ。最終ステージだってのに敵がまったくいない」
 敵どころか、皇達以外誰もいない。毎ステージに必ず登場したナビゲーターも、姿が見えない。
「おかしいよ。わたしがいた時は、もっとモンスターがうろついてたのに……」
 碧は不安そうに眉を寄せた。皇はそんな碧の肩を叩く。
「心配すんな。敵がいないんだ。うようよいるよりはいいって」
「……そうだね」
「とにかく、まずは姫が無事か確かめよう」
「うん。帆波はこっちだよ」
 四つある階段の一つ、一番左端にある階段に向かう。
 上り始めるというまさにその瞬間、階段の前に黒い炎が現れた。黒い炎は階段を塞ぎ、壁となる。
「こっちにはいけないってことね……」
 一葉が渋い顔をした時、凰華がぼやく。一方を指差した。
「あれ……」
 皇達はそちらに目を向ける。階段があった。四つあったうちの一番右端のものだ。しかし、先程とは見た目が違う。
「絨毯……?」
 碧の言う通り、階段には真っ赤な絨毯が敷いてあった。さっきまでは確実になかったものだ。
 ゲーム好きの皇はすぐに理解する。
「こっちに行けってことか」
 皇達は頷き合い、階段を駆け上がった。今度は炎の壁はない。
「ところで碧、あれはなんの部屋なんだ?」
 階段を上りきったところで、皇は碧に尋ねた。現れた廊下の奥にある扉を、顎で示す。
「あそこはね、予言者の部屋だよ」
 碧は神妙な顔で答えた。
「「予言者っ?」」
 皇と一葉の声が見事にハモる。物語上重要な人物の名が上がったことに、二人は驚いたのだ。
「彼女も無事だといいけど……」
 沈痛な面持ちで、碧は扉を開いた。室内に入る一行。
 中は意外と狭かった。中央に黒いカーテンで四角く区切られた空間がある。部屋の隅には見たこともない生き物の骨、水晶の玉、よくわからないことが書かれた紙などが存在し、いかにも予言者の部屋という趣だった。
 色々ある物のうち、高価そうな短剣を凰華は掴む。
「占い師様……これを売って下さい……」
「〈うらない〉とか言うんだろ?」
 げんなりした表情の皇に向け、凰華は親指を突き出した。ナイスツッコミとでも思っているのかもしれない。
「静かにしなさい」
 アホなやり取りをしていた二人を、一葉は睨んだ。それからカーテンで覆われた空間に目を向ける。
 皇もカーテン内に視線を合わせ、その事実に気づいた。
 ……人の気配?
 中でなにかが動く気配があった。うっすらと人影が見える。
 皇達は全員身構えた。緊張が高まる。
 人影が動き出し、カーテンに手をかけた。ゆっくりと、黒い幕が開けられていく。
「あ、皆さんどーも!」
 明らかに場違いである快活な声を出したのは、お馴染みの格好をした少女だった。ツインテールにリボン、シマシマニーソ。ナビゲーターの姿だ。
「私はラストステージのナビゲーター、広森一乃(こうもりいちの)です!」
 黒いリボンを揺らし、一乃は頭を下げた。
「あのさ……予言者は?」
 辺りをキョロキョロしながら、一乃に訊く皇。
 自分の登場に構わず予言者の存在を尋ねる皇に、一乃は少しムスッとした。
「ナビゲーターが登場したってのに、無視ですか……。まぁ、いいです」
 一乃は首を振ってから、真剣な表情となる。
「予言者はいません。私が先程ここに来た時には、すでに彼女の姿はありませんでした」
「……もしかして予言者は魔王に……」
「それはありません」
 泣きそうになる碧の前に、一乃は片手を伸ばした。
「それはありませんよ、碧さん。何故なら、これがあるからです」
 一乃は黒カーテンで仕切られた空間内に入る。机の上にある紙を掴み、皇達の前に掲げた。
「それは?」
 皇の問いに対し、一乃はにっこりと笑う。
「予言者の言葉です。つまり、予言書ですね」
「予言書っ?」
 皇達は改めて紙を見る。そこにはこんなことが書かれてあった。
『天空の支配者達は真に目覚める。集めた力を合わせ、『勇者』となる。『勇者』は魔王にも、神にさえも勝てる』
「……どういうことだ?」
 読み終わった皇。しばらく思考してから一乃に訊いた。一乃は首を振る。
「わかりません。ですが、『天空の支配者』なる言葉がありますから、これは間違いなく皇さん達に向けられたものですよ」
 『天空の支配者』……ね。どういう意味なんだろうな。未だにわからん。
 黙考する皇。
「そんなめんどくさいことは後回しよ。一乃、最終ステージはどうすればクリアなの? 案内して」
 一葉の台詞に、一乃は頷く。
「わかりました。ひとまず、ホールに戻りましょう」
 皇達は予言者の部屋をあとにした。
 赤い絨毯で彩られた階段を下りて、再び城の入口付近に来た。帆波がいるという方角に目を向けると、そちらの階段は相変わらず黒い炎で塞がれている。
 さて、と一乃。
「このステージの攻略方法、ひいては、このゲームのクリア手段を教えましょう」
 皇達は息を呑んだ。一乃の次の言葉を待つ。
「教える……と、言いましても、答えは実にシンプルです。魔王を倒すんです」
 皇はずっこけそうになった。
「一乃さんっ、そんなことはわかってるよ! そうじゃなくて、魔王を倒すにはどうすればいいのっ?」
 わずかに舌を出してから、一乃は口を開く。どうにも体裁が悪そうだ。
「実はですね、このステージに関して、私が言うことはほとんどないんですよ」
「? どういうこと?」
 皇は眉を寄せた。
「最終ステージはまさに魔王との戦いだけなんです。ですから私が案内できるのは、せいぜい魔王までの道は赤絨毯で示されるってことぐらいですね」
 納得いったようないかないような顔になる皇。一乃は続ける。
「本来ならもっと説明すべきことがあるはずなんです。最強武器の取り方や、中ボスの倒し方などですね。しかし、皆さんは最強装備ですし、城内はこの有様です。なにも言うことがないんですよ」
 申し訳なさそうに、一乃はこうべを垂れた。彼女の前に、碧が一歩進み出る。
「それがわかっただけでも、ナビゲーターの存在はありがたいよ」
「それにしても、なんで魔物が一匹もいないのかしら?」
 周囲を見渡しつつ、一葉が尋ねた。
「十中八九魔王の仕業だと思います。魔王はゲームクリエイターですから、それくらい容易でしょう」
「そうなると、なぜゲームクリエイターは魔物を消したのかしら? 別に置いておいてもいいはずだけど」
「……ですよね。なぜでしょう?」
 腕を組む一葉と一乃。
「そんなこと考えなくていいんじゃないか? ザコ敵もいなきゃ中ボスまでいないんだ。楽でいいって。多分魔王は、余裕で勝てるぞって言いたいんだろ」
 皇の楽観的な理由に、一葉達は納得しそうになった。
「……違う」
 小さな、しかしはっきりとした声。凰華のものだ。彼女は細い指で皇を示した。
「逆だよ……皇……」
「逆?」
 首を傾げる皇に向けて、凰華はしっかりと頷いてみせた。
「余裕じゃない。ボク達のことを……警戒してる」
「ザコ敵を全部排除したのにか?」
「敵がいなければ……レベル上げも……できない」
 あ、と皇は声を出した。
「そうか。ザコ敵がいなきゃ、俺達はこれ以上強くなれないんだ」
 無表情で呟いた凰華を見て、皇は舌を巻いた。
 凰華って実は頭いいんだよな……。
「その指摘は当たってると思います」
 一乃が言葉を紡ぐ。
「魔王を倒すために、レベルは少なくとも50以上であることが好まれます」
 その言葉を聞き、皇達の背中に冷たい汗が流れた。何故なら、現在、皇達のレベルは45だからだ。レベル57である碧を除き、条件を満たしている者は一人もいない。
「加えて、最強装備であるというアドバンテージもなくなりました」
 魔王に挑む際、普通のプレイヤーなら最強装備で臨むだろう。そのため、『最終ステージではないのに最強装備を持っている』というメリットはなくなった。
 負けたら死。その事実が再び皇達にのしかかる。重苦しい沈黙が生まれた。
「……めんどくさいわ」
 それを壊したのは一葉だ。剣を抜き、スタスタと歩き出す。
「お、おい?」
 彼女が正面にある階段に近づくと、赤い絨毯が現れた。振り返る一葉。
「悩んだってしょうがないわよ。どうせレベル上げができないなら、進むしかないじゃない」
でも……死ぬかもしれないんだぞ?
 その台詞を皇は飲み込んだ。一葉が不敵に笑っていたからだ。ゲームをやる前に見せる、本気の眼差し。
「あたしがゲームで負けると思う?」
 皇は経験から知っている。一葉がこの笑みを浮かべた後、ゲームでは負けたことがないことを。
 皇の隣をすり抜け、凰華が一葉の元へ向かう。
「皇……行くよ」
 皇はわかっていた。一葉の後に凰華が続くことを。
そして理解している。
「わかった。今行くよ」
 自分が二人に逆らえないということを。
 二人の元へ向かう前に、皇は振り返った。視線の先には、不安げな顔をした碧がいた。
「碧、さぁ、行こう。魔王を倒しに」
 皇は手を差し出した。
「皇くん……わたし……」
 ためらう碧の前に、さらに手を伸ばす。
「大丈夫だ。恐れることはなにもない。だって、碧の前には勇者がいるんだから」
 皇は碧の手を掴んだ。無理矢理引き寄せる。
「あ……」
 その時ちょっとした事件が起きた。体勢を崩した碧が、皇に抱きついてしまったのだ。
「え……えぇっ?」
 急に抱き締められたと思い、狼狽する皇。そのままなんとなく碧を抱き返してしまう。
「え……? えっ?」
 碧は顔を真っ赤にしていく。皇の温かさがじかに伝わり、心拍数が急激に上昇する。
 それは皇も同様だった。自分から抱くようなことをしておいて、戸惑い方は碧よりひどい。
「……勇者と姫が結ばれるにはまだ早いですよ」
 見兼ねた一乃が二人を引きはがした。
「それでは、私はこれで失礼しますね」
「「「「えっ?」」」」
 完全に意表をついた言葉だった。外に出ようとする一乃に向けて、皇は言葉を投げかける。
「あの一乃さんっ? もう行っちゃうのか?」
 振り返る一乃。
「はい。私の役割であるナビゲートは、滞りなく終了しましたから。あとは皆さんの頑張りにかかっていますよ」
 その笑顔が、皇にはさびしく見えた。勝手な思い込みかもしれないが。
「皆さんと一緒にいれて、楽しかったです」
「……一乃さんとはまだ会って間もないはずだけどな」
「あはは、そうでしたね」
 皇の鋭いツッコミに、一乃は笑顔を弾けさせた。それから、再び出口の扉に向かう。
「ありがとうっ!」
 皇は叫んでいた。扉を押し開けている小さな背中に向けて、声を張り上げていた。
「助かったわ。ありがとう!」
「ありがと……!」
「ほんとにありがとね!」
 一葉、凰華、碧も叫んだ。お辞儀をする。
 振り返らぬナビゲーター。刹那だけ動きを止めたかと思うと、また動作を再開した。扉を全開まで開く。
「さよなら。静九さん、亜八さん、七菜さん、六美さん、五姫さん、沙四さん、三穂さん、二子さん、一乃さん」
 閉まっていく扉。
「……あ、あのさ。またいつか会えるかな?」
「……はい。きっと会えますよ」
 そして、扉は閉まった。大きな音が城内に響いた。
 感傷に浸るのはわずかだけ。皇は体の向きを変えた。目指すは城の奥だ。
 振り返った途端、視界に入る仲間達。なにも言わず、皇は頷いた。仲間達も頷き返す。
「行こう、魔王を倒しにっ!」
 皇達四人は駆け出した。

『SKY GARDEN』33(ライトノベル)


 皇は目を閉じていた。
 ぼんやりとしている意識。徐々に明確になっていく。
 真っ暗の世界に、光が射し込む。光量は次第に増え、目覚めが近いことを知らせた。
 あれ? 俺は……?
 分散してしまった記憶を辿る。
 ……ああそうか、『ハミングバード』が墜落したんだったな……。
 鮮明になっていく頭の中。
 脳裏に浮かぶのは碧の姿。飛行機が墜落する時に見せた、彼女の恐怖した顔。
「!!」
 自分の置かれた境遇、いや、自分達に起きたことを思い出し、皇は一気に目を開いた。
「あお……ぐあっ!」
「あぅっ!」
 勢いよく起き上がった皇は、なにかに激突。衝撃で再び横たわった。
「いた~い……」
 ハイトーンの声。間違いなく碧のものだ。
「碧っ!」
 頭の痛みが引くのを待たず、皇は上体を起こす。今度はお互い距離を置いていたので、ぶつかることはない。
 目の前にはやはり碧がいた。服は所々破けたり汚れたりしているが、怪我などは一つもない。皇はひとまず安堵の息を吐いた。
「よかった。碧、無事だったんだな」
「うん、皇くんが守ってくれたから」
 一安心したところで、皇は改めて辺りを見渡す。
 部屋はグチャグチャになっていた。窓は割れ、家具などは全て倒れている。出入り口であるドアはひんまがっていて、開きそうにない。皇は近寄ってドアノブに手をかけるが、やはりびくともしなかった。
「わたし達閉じ込められちゃったみた……」
 落胆する碧の言葉を遮る騒音。
 皇達が音の方に目を向けると、ドアが外れていた。扉があった枠の内側に、五人の女の子が立っている。
「みんな、助けにきてくれたのか!」
 笑顔になる皇。五人の女の子、一葉、凰華、燐、日奈、夢芽に向かって両手を広げてみせる。
彼女達は駆け出した。
 ……あれ?
 皇をすり抜け、その後方へ。
「碧っ、大丈夫?」
 碧を取り囲む一葉以下四人。皆一様に心配そうな顔をしている。
「こーくん、へーきっ?」
 皇の元に来たのは日奈だけだった。
 まぁ、碧は姫だし、燐や夢芽にとっては命の恩人だ。心配するよな。
 自分がないがしろにされた悲しみよりも、みんなが碧の身を案じてくれたことへの喜びが勝り、皇は笑みをこぼした。
 それに。
 皇が視線をずらしていくと、そこには日奈がいた。大きな瞳を涙で濡らしている。
「こーぐん……ぶじで……よがった」
 俺を心配してくれる人も、ちゃんといるしな。
「ありがと、日奈ちゃん。俺も日奈ちゃんになにもなくて安心したよ」
 その言葉を聞き、より一層涙を流す日奈。彼女の頭を、皇は優しく撫でるのだった。

 『ハミングバード』から出た瞬間、碧以外の全員が息を呑んだ。
 真っ白いお城。黒い地面の上に悠然と立つ、純白のお城がそこにあった。尖った屋根、居並ぶ彫刻、噴水、門、全てが白い。まさに白一色だ。
「……圧巻だな」
 皇が呟いた。
 皇達が降り立った黒い大地には、城以外ほとんどなにもない。城の周囲を取り囲む川と、少しの芝生と樹木があるだけだ。
 凰華の髪がまっすぐに立つ。
「白い……城……面白い」
「三段コンボか。やるな、凰華」
 事務的にツッコミをする皇。その間も視線は城から離さない。
 鮮烈な黒と白のコントラストは、彼らの心を捕らえて放さなかった。
 同じくお城に目を釘づけにされたまま、一葉が口を開く。
「碧、あれが……」
 ゆっくりと頷く碧。
「そう。あのお城こそ、わたし達の最終目的地、『スカイガーデン』だよ」

 ラストステージには皇、一葉、凰華、碧の四人で向かうことになった。燐達は『ハミングバード』で留守番。壊れてしまった飛行機を直す役割だ。
「ほんとはあたい達も行ってやりたいんだが、悪いな」
 燐は頭を下げた。日奈、夢芽も浮かない表情をしている。
「気にしないで。元々飛行機を借りるだけの約束だったんだから」
 黒髪を揺らし、一葉は親指を突き出してみせた。
「わかった。無事で帰ってこい」
「そのつもりよ」
 不敵に笑い合う両者。がっちりと握手をした。
 納得していない表情の日奈の前には、皇が進み出る。
「大丈夫だって。絶対ここに帰ってくるから。日奈ちゃんはハミちゃんを頼むよ」
 微笑みかける皇を映した瞳が、うるっと揺れる。
「こーくんっ!」
 堪えきれずに日奈は皇に抱きついた。もしかしたら皇と永遠の別れになるかもしれない。その思いが彼女の目から光の粒をこぼす。
 日奈の気持ちを正しく察し、皇は口元を緩めた。優しく日奈を離す。
「絶対帰ってくるから」
「……うんっ」
 皇のまっすぐな双眸を見て、日奈は笑顔を弾けさせた。
 彼らの隣では、凰華と夢芽が向き合っている。
「弟子よ……しばしの別れだ。ツッコミの腕を上げておけ」
「う、うん頑張る……て、えっ? む、無理だよ~」
 慌てふためく夢芽を眺め、凰華は頭頂部の髪を揺らした。わずかに微笑んでいるようにも見える。
「ノリツッコミか……。やるな」
「え? え?」
 再びうろたえる夢芽なのだった。
 皇達三人との、しばしの別れの挨拶を交わした燐達は、碧の方を向く。
「あたいらを助けてくれてありがとな、姫さん」
「えっ?」
 碧は驚いた。自身が姫だということは燐達には話していない。にもかかわらず、燐が自分のことを姫と呼んだからだ。
 その様子に、燐はニヤリと笑う。
「態度を見てればわかるさ。それに、目的地がここっていうのが決定的だ。なんだかよくわからないけど頑張れよ、姫さん」
 ガッツポーズする燐。
「頑張ってね!」
 ピースをする日奈。
「気をつけて……」
 不安げに両手を合わせる夢芽。
「……みんな、ありがと」
 碧は深々と一礼した。数秒ののち、顔を上げる。表情には決意と力強さが満ちあふれていた。
「それじゃ、最終ステージに乗り込みますか」
「めんどくさいけどね」
「…………」
 皇、一葉、凰華は碧の横に並んだ。彼女と同じように、決意を込めた両眼を前方に向ける。
「みんな、ここまで来てくれてありがとう。最後も、よろしくね」
 碧は前から視線を外さずにそう言った。『最後』という言葉を聞き、皇は悲しくなる。しかし、今はその気持ちを忘れた。戦って勝つ。そのことだけを心に刻む。
 ……碧、戦いが終わったら、君に言いたいことがあるんだ。
 皇は碧を一瞥してから、眼前にそびえ立つ城に目を移した。いや、城の中に待つゲームクリエイターを睨む。
 俺の友達を苦しめやがって……。
 鷹のように鋭い双眸をさらに研ぎ澄ました。拳を突き出す。
 覚悟しやがれっ!
 かくして、皇達四人、いや、『勇者一行』は最終ステージへと赴くのだった。

『SKY GARDEN』32(ライトノベル)


第四章、天空の支配者
 STAGE6=『空の園』
 青空だった。どこまで行っても青空、青空。見渡す限りの青空。
 青空はもはや大空だった。そして大空はどこまでも続いていた。
 ふわふわと漂う雲達。鮮やかな乳白色は風に吹かれ、天空を悠々と泳いでいる。
 そんな青と白のキャンパスの上を、巨大な鳥が一匹飛んでいた。正確には鳥ではなく二翼飛行型機械、『ハミングバード』だ。フラフラと蛇行しているので、あまり快適な飛行には見えない。翼の動きもどことなくぎこちない様子だ。
 その機内。
「これ大丈夫か? 落っこちない?」
 不安げな声を出したのは皇だ。傍らにいる凰華も心配そうな顔でコクコク頷く。
「うるせぇ! 墜落したばっかで、しかも重量オーバーなんだ! つべこべ言うな!」
 操縦桿を握る燐は、徐々に高度を上げつつ叫んだ。
 すごい剣幕だったので、皇は思わず押し黙った。
 すると、彼の隣に日奈が腰を下ろす。
「大丈夫だよ、こーくん。ハミちゃんは頑丈だから、落ちることなんてないよ」
 自分達の愛機を『ハミちゃん』と呼ぶ日奈。機嫌は良好なようで、常時笑顔だ。
「……だといいんだけどな」
 対する皇は苦笑い。窓からの景色に目を落とす。
 と、なにかを思い出したように手を叩いた。
「でもさ、たしか墜落したから『ケイサーステーション』に来ちゃったんじゃなかったっけ?」
「えっ? そ、それは……不慮の事故っていうか……」
 日奈は口ごもる。頭を掻き、顔の向きを変えた。
 視線の先には燐がいた。背中からすごい圧力が放たれている。
 振り返る燐。その『サタン』よりも恐ろしい形相に、日奈だけでなく、その場の誰もが息を呑んだ。
「お前のせいだろうがっ! お前が『わたしも運転する~』とか言って急降下しなければ、こんなことにはならなかったんだよっ!」
「あぅ……」
 小さくなる日奈。その肩に皇が手を置いた。
「まぁ元気出しなよ。そのおかげで俺達はまた会えたんだからさ」
「こ、こーくん……」
 日奈が皇の手を掴みかけた時、
「うわぁん。無理だよ~」
 突然夢芽が現れ、皇にタックルをかました。
「うぼぉ……!」
 皇は倒れ、後頭部を強打。しばし床でもんどりうった。
「無理じゃない……。バカでも……皇でもできる……」
 夢芽の背後から出現した凰華は、彼女の襟首を掴む。
「ツッコミなんてできないよ~」
 夢芽は泣き叫んだ。
 ああ、さっきから二人でなにやらやってたのはそういうことね。
 耳を押さえながら、皇は凰華の行動理由について考える。
 つまり、自分のボケに的確に応えて欲しいわけか。凰華のやつ、夢芽が年下だって知ったら急に積極的になりやがって……。
 そこまで思案して、皇は口元をほころばせた。
 妹ができた気分でいるのかな。
 その間にも夢芽は泣き続ける。
「凰華さんの説明わかりにくいもん」
 凰華の髪がビックリマークを形成した。
「むぅ……講義に抗議するのか……」
「たしかにわかりにくいな……」
 見兼ねた皇が渋々割って入った。二人の視線が集まったところで一言。
「っていうかさ、とりあえずどいてくれない?」
「「あ……」」
 皇の腹の上で馬乗りになっていた凰華と夢芽は、その事実に気づいてほうけた顔になった。
「そうだよ! こーくんに触れちゃダメ!」
 日奈はずれたことを言う。二人をどかそうとして自分も皇に乗っかり、彼をさらに苦しめる結果を生んだ。
「皇は……ボクの」
 凰華が冗談でややこしいことを述べるので、事態は一層悪化。三人の女の子は皇をもみくちゃにする。
「ちょ……ま……死ぬ……」
 救いを求めて視線をさまよわせる皇。視界の隅に一葉を捉えた。
 か、一葉……助けてくれ……。
 もはや喋ることができないので、必死に手を伸ばす。
 一葉はそんな皇を発見すると、即座に顔を歪めた。
「女の子三人と遊べてよかったわね、皇」
 微笑む一葉。しかし、目だけはまったく笑っていない。
 ち、違うんだ。これは……。
 抗議しようとするも、皇に言葉を発することはできなかった。
「これから最終ステージに行くってのに、随分余裕なのね、勇者さん」
 相変わらず口元だけを歪めたまま、一葉は去っていく。
 だから誤解だって……。
 皇の胸中での呟きは、当然一葉には届かなかった。
 一葉が述べたように、現在皇達は最終ステージへと向かっている。そのステージの名は『スカイガーデン』。このゲーム名の由来ともなっている空に浮かぶお城だ。
 『サタン』との戦いの後、皇達はひとまず『第七宿』に戻った。斬庭がいなくなったことで『ケイサー』達は慌て、皇達を探すことを後回しにしたので、泊まることができたのだ。
 皇達、それに燐達の八人が一部屋に集まった。そこで二子が次のステージについて説明をする。
「さて、次はいよいよ最終ステージです。魔王に乗っとられた城、『スカイガーデン』に向かいます」
「ついにラストステージか……」
 感慨深そうに語る皇。彼の脳内には今までのステージが思い出されていた。それは両隣の一葉と凰華も同じようで、しばし宙を眺めていた。
 と、一葉が真剣な顔になる。
「まだ全クリしたわけじゃないわ。それで、次のステージにはどうやって行くの?」
 その様子に、皇と凰華も真面目な表情になった。二子が口を開く。
「『スカイガーデン』は文字通り空に浮かんでいます。それ故、そこにたどり着くには飛行機が必要となります」
 飛行機。その言葉を聞き、皇、一葉、凰華、碧は部屋の隅にいる盗賊団に目を向ける。
「な、なんだよ?」
 我関せずの構えを取っていた燐は、自分にいきなり視線が集中したことに戸惑った。
 二子はズイッと燐の前に進み出る。
「燐さん、ここで会ったのもなにかの縁です」
「な、なにさ?」
 うろたえる燐に対し、神妙な面持ちになる二子。
「あなた方の飛行機、『ハミングバード』を貸して下さい!」
 断るかに思えた申し出。しかし、燐はわずかに頷いた。
「……しかたねぇか。皇達には恩があるからな。それをあだで返すようなことはしたくねぇ」
 燐の意見に日奈と夢芽も同意する。
「そーだよ! こーくんのためならなんでもするっ!」
「助けてくれたから、助ける」
 それらの言葉に瞳を輝かせる皇。勢いよく頭を下げた。
「ありがとな、みんなっ!」
 夜明けを待ってから、墜落した『ハミングバード』を発見、修理し、皇達は空へと飛び立った。
 そして現在。二子を『ケイサーステーション』に残し、皇達は『スカイガーデン』を目指している。
 ようやく先程の騒ぎから解放された皇は、一息つくために最後尾の部屋に向かった。
 『ハミングバード』は三つの部屋に分かれている。操縦室、貨物置き場、生活スペースである。先刻騒動があったのが貨物置き場で、皇が向かっているのが生活スペースだ。
 ドアを開け、中に入る。
 そこで皇は碧を発見した。彼女は窓に手を当て、外を眺めている。
 しばらく皇は声をかけられなかった。碧の横顔が悲しみの色を帯びていたからだ。
 碧は基本元気なんだけど、たまにこういう顔をするんだよな……。
 邪魔をするのがはばかられるので、皇は退室することに決めた。慎重に歩を進める。
「あ……」
 テーブルにぶつかった。衝撃で机上にあったランプが落ち、大きな音をたてた。
 振り返る碧。
「皇くん……」
 皇と碧の目がばっちり合った。碧はすぐに視線を外す。
「泣い……てたのか?」
 泣いていた。碧は泣いていた。大きな瞳に涙を溜め、泣いていた。
「ちょっとだけ、ね」
 照れたように頬を掻いてから、碧は微笑む。涙が弾け、流星のようになって消えた。
 皇の胸が痛む。
「どうしたの? なにかあった?」
 皇は努めて優しく尋ねた。相手をなるべく刺激しないように一歩踏み出す。
 碧は答えない。胸の前で手を合わせている。
「碧? 大丈夫か?」
 開きかけては閉じる口。つぼみのような唇が花開くのを、皇は辛抱強く待った。
 やがて紡がれる想い。
「次のステージをクリアしたら、別れちゃうんだよね……」
「え?」
「皇くんと……別れちゃうんだよね」
 碧の声は震えていた。
「……そう……なるな」
 言われて皇は思い出す。普通に接しているので失念してしまっていたが、碧はゲーム世界の存在なのだ。皇達のようにゲーム世界に連れてこられたわけではなく、純粋なゲームキャラクターなのだ。
 俺達は全クリしたら現実世界に帰るけど、碧はどうなるんだ?
 思い至って皇は愕然とした。
 皇達がこのゲームをクリアするということは、ゲームクリエイターを倒すということだ。達成されれば、クリエイターに連れてこられ、無理矢理ゲームキャラクターを演じさせられていた人々は解放。現実に帰還となる。その後、主要なキャラクターを失ったゲームワールドは自然と崩壊するだろう。そうなると、オリジナルキャラクターである碧も、ゲームと一緒に消滅することは避けられない。つまり、空園碧の完全な死だ。
 皇は身震いした。ゲームクリアは、同時に碧を殺すことにもなりうるからだ。
「碧……」
 自分を抱くようにしている碧に、皇はなんと言葉をかけていいかわからない。情けなくかすれた声で、彼女の名を呼ぶことしかできなかった。
「皇くん……」
 それは碧も同様だ。自分の想いを言葉にすることができない。どうせ叶わぬ願いだと、そう思ってしまう。弱々しく皇の名を漏らすことしか、今の碧にはできなかった。
 重苦しい沈黙が場を支配する。
 『ハミングバード』は未だ上昇を続けていた。雲を突き抜け、さらに上空へ。
「……あのさ……碧」
 駆動音に紛れて聞こえたのは皇の声だ。
 碧はなにも言わず、皇に潤んだ瞳を向けた。
「もし君がよかったら……」
 そこで皇は言葉に詰まる。この考えを言っていいものかと思案した。そんなことが可能かどうかわからないからだ。できるかもしれないし、無理かもしれない。ゲーム世界が壊れてしまったら、やはり不可能なような気がする。
 ……でも、でも俺は……。
 それでも皇は言いたかった。たとえ無理だとしても、この言葉を伝えたかった。今、碧が少しでも楽になるなら、告げたい。それに、皇自身もそれを望んでいる。恐らく一葉も、凰華も。
「……なに……かな?」
 碧はためらいがちに尋ねた。皇の台詞を聞いてみたいような、聞きたくないような、そんな気持ちになる。
「……できたら……なんだけど……」
 皇は意を決した。碧に想いを告げることにする。
「うん、なに?」
 碧も心を決めた。皇の言葉に耳を傾ける。
「全クリしたら、俺達と一緒に……」
 その時だ。
『おいっ! 目的地が見えたぞっ!』
 機内に燐の声が響き渡った。
 二人は視線を交わし、同時に動いた。室内にただ一つある窓のそばへ。外に目を向ける。
「……あれが、『スカイガーデン』か……」
 皇は息を呑んだ。隣で碧が表情を険しくしたのが伝わる。
 彼らの視線の先には、漆黒の巨大球体の上に荘厳とたたずむ、純白のお城があった。
『着陸すんぞっ! 衝撃に備えろっ!』
 スピーカーから放たれる燐の怒声。それに従い、皇と碧は近くにある物を掴んだ。
 窓から見えるお城はどんどん近づいてくる。いや、こっちが近づいているのだ。それもすごいスピードで。
『くそっ……なんだこれっ? 操縦桿が動かねぇ!』
 さらに増す速度。このままだと着陸というより、城に激突する。
『全員踏ん張れぇ!』
 機体が揺れた。
 咄嗟に皇は動いていた。衝撃から守るように、碧を抱き締めた。

『SKY GARDEN』31(ライトノベル)


「なっ? お前ら……ぐおっ……!」
 皇の耳に届いたのはそんな声だった。皇、『ヌスト盗賊団』の三人は立ち上がる。
「なんだっ?」
 鉄格子を掴み、外の様子を窺おうとする皇。
「や、皇くん!」
 その前に碧が現れた。彼女の燐には凰華もいて、なにやら扉の錠をいじっている。
「……は?」
 皇と燐達が目を丸くしている間に、錠がガチャリと外れた。
「早く! 出るよ!」
 放心する四人に向けて、碧が叫ぶ。
「一葉ちゃんが危ないから!」
「!」
 なにがなんだかわからない。しかし、皇は行動していた。一葉が危ない。それだけで皇が動く理由としては十分だった。扉を蹴り破る。
「どういうことなのか、脱出しながら教えてくれ!」
 碧と凰華は頷いた。
 急いで牢獄の出口へと駆け出す皇以下二人。しかし、皇はすぐに立ち止まる。
「お前らは? どうすんだ? 一緒に来ないのか?」
 燐達は未だ牢屋内にいた。
「あたいらがあんたと一緒に行く理由はないよ。あんたとはたまたま同じ牢屋にいて協力関係にあっただけ。それももう解消さ」
 肩をすくめる燐。傍らにいる日奈と夢芽は硬い表情だ。
「でも……」
 戸惑う皇。体は出口の方を向いているが、視線は燐達から離れない。
「さっさと行きな」
 燐はかったるそうに手を払い、
「ありがとね、こーくん」
 日奈は頬を染めながら頭を下げ、
「ばいばい……」
 夢芽は控え目に手を振った。
 別々に逃げるっていったって……。
 まだ皇は動かない。
「早く!」
 痺れをきらした碧が叫んだ。出口付近から皇に駆け寄る。
「ちょっと待ってくれ……。こいつらも一緒に……」
 皇は碧を止めようと振り向いた。
 と、碧は皇の横を通過。牢屋内に入っていく。燐達を見ると、すぅっと息を吸った。
「早くして! なにモタモタしてんの! 『ケイサー』が来ちゃうよ!」
 碧の叫びに、『ヌスト盗賊団』は揃って目を丸くした。
 三人が停止状態なので、碧はさらに声を張り上げる。
「早くっ!」
「だからあたい達は……」
「もうっ。一緒に逃げた方がいいに決まってるでしょ! わたしは前にあなた達を救えなかったんだから、今救いたいの!」
 問答無用で碧は燐の腕を掴む。引っ張り、牢屋から出した。
 その様子を見て、皇は不敵に笑うと、日奈の手を取る。
「そういうことだよ、日奈ちゃん」
「こーくん……」
 手を繋いだまま、二人は牢屋を出た。
「……行くよ?」
 唯一残った夢芽には、凰華が手招きする。
「……うん」
 涙目の夢芽も牢屋を出た。
 碧を先頭に、六人は駆け出す。牢屋のある区画を抜け、薄暗い廊下を進む。
「見つけたぞっ!」
 広い空間に出たところで、六人の前方に『ケイサー』が現れた。後から後から出現し、合計で十人以上となる。
「くそっ……。早くしないといけないのに……」
 BATTLE!!

 もう体力の限界だった。『ケイサーベース』から走り続けた一葉は、倒れ込むように膝をついた。
 背後で斬庭が停止する。
「手間取らせおって……。だが……これで終わりだな」
 肩で息をしつつも、大槍を持ち上げる斬庭。その体力はさすがに軍人。一介の高校生である一葉とは段違いだ。
 BATTLE!!
 もはや動けぬ一葉と、未だ余力を残した斬庭。圧倒的戦力差で戦闘がスタートした。
 斬庭のターン。斬庭は両足を踏ん張り、腕を伸ばす。極太の槍が一葉を貫いた。
 斬庭のターン。今度は槍を横になぎ払う。一葉の体力ゲージが黄色になった。
 一葉のターン。疲労困憊。それでも、一葉は微笑する。
 斬庭さえいなければ、皇達は無事に脱出できてるはずよね。
 震える手で剣を握る。
 あたしがここで死んでも、皇達が生きてるなら……。
 感覚のなくなってきた両足で立ち上がる。
 皇が無事なら……っ……!
「はぁっ!」
 一葉の剣が煌めいた。斬庭の体力をわずかに削り取る。
 斬庭のターン。
「無駄だ。俺に勝つことはできん」
 揺るぎない口調で、斬庭は告げた。槍を構える。
「この槍の錆となれ!」
 連続で刃を突き上げた。一発一発が必殺の一撃。一葉のライフが赤く染まる。
 全身傷だらけになる一葉はしかし、口元の笑みを絶さない。
「別に勝てなくてもいいのよ。あたしはあんたを引きつけられればよかったんだから。今ごろ皇達は逃げ出してるはずよ」
 斬庭のターン。
「ふん、そうか。だったら貴様をさっさと殺し、仲間もすぐに後を追わせてやる!」
 斬庭は槍の切っ先を天に突き上げた。大上段に構える。
 一葉のHPは残りわずか。次の攻撃で確実にゼロになるだろう。
 それでも。それでも一葉は笑った。笑ってみせた。
 皇……あたしね。ずっと前からあんたのこと……。
 目を閉じる一葉。
 槍が振り下ろされた。
 血の臭い。一葉の鼻を刺激した真っ赤な臭い。加えて、微かな汗の臭い。懐かしい、昔からよく知った香り。
 ……え?
 一葉は目を開いた。
「よう、一葉」
 開かれた視界に映ったのは、幼馴染みの青年。片手を槍で血まみれにされ、もう一方の手を一葉の頬に添えている青年。
「……こ……皇?」
 青年、皇は笑った。
「な~に泣いてんだよ、一葉。かよわい乙女ってキャラじゃないだろ?」
 言われて一葉は気づいた。自分が大量の涙を溢れさせていたことに。
「ありがとな、一葉。お前のおかげで牢屋から脱出することができた。燐達も助け出すことができた。だから……」
 皇は血だらけの片手で槍を払った。ガシャンと盛大な音をたて、刃が地面に落ちる。
「だから、今度は俺がお前を助けるっ!」
 皇は一葉を抱き締めた。しっかりと、でも優しく、抱き締めた。
「皇……あたし……あたしね……」
 必死にしがみつく一葉。
「ほんとは死ぬのが怖かった。皇と別れるのが……怖かった……」
 さらに強く、一葉を抱き締める皇。
「大丈夫だ。俺はどこにもいかない。お前と一緒にいるから」
 そんな二人の前に、斬庭が乗り出す。
「茶番だな。ちょうどいい。二人まとめて殺してやる」
 斬庭のターン。斬庭は体をひねって槍を振りかぶり、回転しながらの斬撃を繰り出した。
 皇と一葉に届く前に、槍は止められた。槍に伝わる振動が二つ。
「もう許さないよ!」
「覚悟しやがれっ!」
 攻撃を止めたのは碧と燐だった。それぞれの武器で、槍を払い飛ばす。
「一葉!」
「一葉さん!」
 一葉に近寄る凰華と二子。さらに遅れて日奈、夢芽も現れる。全員馬に乗っていた。
 『ケイサーベース』を脱出した皇達。その前に現れた、六頭の馬を引き連れた二子。彼女は一葉の向かった先を皇達に教え、馬を渡した。それに乗り、皇達は一葉の元へ向かったのだ。
「『キュールンル』」
 馬を降り、凰華は回復魔法を唱えた。一葉の体力は全快する。
「よし!」
 立ち上がる皇、一葉。
「斬庭、てめぇは絶対……ぶっ飛ばすっ!」
 BATTLE!!
 仲間を加え、再度開戦。
 碧のターン。
「よくも一葉ちゃんを……。『灼碧一刀流・噴火水(ふんかすい)』!」
 碧は青い炎を纏った刀で斬り上げた。斬庭を灼熱の斬撃が襲う。
 一葉のターン。
「『フラッシュスラッシュ』!」
 一葉は迷いなく超必殺技を選択した。輝く刃が斬庭に多大なダメージを与える。
 凰華のターン。
「『コージョー』」
 凰華の魔法により、皇達の攻撃力が上昇した。
「よくやった凰華!」
 皇は懐から『蛍光刀』を取り出すと、斬庭に突き刺す。
 その後の燐、日奈、夢芽もそれぞれの攻撃をした。斬庭の体力は三分の一になる。
 斬庭のターン。
「……仕方ない」
 不敵に笑う斬庭。彼の全身が黒く変貌していく。頭には角が生え、背中には翼が現れ、腰からは尻尾が生み出された。槍が黒く、三つ又に変わる。
「なるほど。あなたは人間じゃなく、魔人『サタン』だったんですね」
 離れた位置で戦いを見守っていた二子が呟いた。斬庭の上空に出ていた文字が、『斬庭』から『サタン』に変わる。
 『サタン』のターン。
「せっかく人間を蹂躙してやろうと思ってたのにな。邪魔しおって……」
 皇達に背を向ける『サタン』。漆黒の翼をはためかせる。
「もうよい。今回は引き上げるとしよう。次に会う時は、覚悟しとけ!」
 人間では到底出せないような低い声で呻き、『サタン』は飛び立っていった。闇に消える瞬間、なにかを落とした。
「こっちこそ『覚悟しとけ』だっ!」
 夜空に向かって吠える皇。しばらく闇を睨んでから、一葉の方を向く。その際の瞳は限りなく優しい。
「ま、一葉が無事でよかったよ……」
「そ、それはこっちの台詞よ……」
 すぐに顔を逸らす一葉。夜でもわかるほど顔が真っ赤だ。
「こ、皇が無事で……ほんとに……」
「へ? なに?」
 一葉の声は尻すぼみに小さくなり、皇には聞こえなかった。
「アホくさ……」
「こーくん……」
「とにかく助かってよかった~」
 悪態をつく燐。唇を噛む日奈。瞳を潤わせる夢芽。
「皆さんが無事でよかったです」
「そうだね」
 胸を撫で下ろす二子と、満足そうに頷く碧。
「なぁ、俺がなんだって?」
「うるさい! めんどくさいわよ!」
 顔を紅潮させて逃げ回る一葉と、追いかける皇。
「ラブコメか……」
 凰華は呟いた。魔人が落としたアイテムを拾い、自らに装着する。体力を増やす尻尾型アイテム、『ブラックテール』だ。それから、未だ騒いでいる二人を眺め、
「ラブコメか……」
 もう一度呟いた。
 STAGE8=『権力の暴力』=CLEAR

『SKY GARDEN』30(ライトノベル)


 夕刻。凰華、碧は『ケイサーベース』の前にいた。一葉、二子の姿はない。
「ふん! 自首してくるとは感心なやつらよ!」
 以前皇と言い争った巨漢の『ケイサー』は、おとなしくしている女の子二人を見下ろした。凰華達の両隣には四人の『ケイサー』がいて、二人に手錠をしたり、ロープを巻いたりしている。
 そう。凰華と碧は自首したのだ。二人は昨日『ケイサー』に逆らった罪で、指名手配とまではいかなくても彼らに目をつけられていたのだ。
「…………」
「申し訳ありませんでした」
 凰華は沈黙したまま、碧は謝罪しながら頭を下げた。
「うむ。おいっ、女達の持ち物を調べろ! 武器などがあったらすぐに奪うんだ!」
 巨漢は数名の部下に指示。『ケイサー』達は凰華と碧に近づく。
 すぐさま碧は両手を上げた。
「大丈夫です。わたし達、武器は置いてきました」
「そんな話が信じられるか! 早くやれ!」
 怒鳴られた部下達は急いで凰華と碧を取り押さえた。
「ま、待って下さい! どうしても信じてくれないなら……その……」
 頬を染める碧。
「服……脱ぎますから……」
 ゴクッと、『ケイサー』の誰かが唾を飲んだ。
「な、なにを言ってるんだ貴様はぁー!」
 大男は一歩たじろぐ。地面が揺れた。
「ボクも……脱ぐ……」
 決意を秘めた目を『ケイサー』達に向け、凰華は服に手をかけた。
 おお、と『ケイサー』達が身を乗り出す。彼らの鼻の下は完全に伸びきっていた。
「うぬぬ……ぬ……」
 うなる巨漢。握った拳をプルプル震わせている。
 凰華と碧が上着を脱ごうとした瞬間、
「わかった! わかったからやめろ!」
 巨漢が叫んだ。女の子二人は手を止める。
「信じてくれるんですか?」
 瞳を潤ませる碧。
「信じてやる! だから服は脱がんでいい!」
「ありがとうございます!」
「ありがとう……ございます」
 碧と凰華は揃ってお辞儀した。
 巨漢はしばらく体裁悪そうにしていたが、やがて、
「おい! さっさとこいつらを連行しろ!」
 部下に命令を下した。
 多少、いや、かなりがっかりした様子で、『ケイサー』達は指示に従う。凰華と碧を引き連れていった。途中、二人が目配せしてからわずかに微笑んだが、彼らは気づかなかった。

「凰華! 碧!」
 皇は叫んだ。驚きで両目を限界まで見開く。
 彼の視線の先には凰華と碧がいた。牢屋と牢屋の間にある廊下を『ケイサー』に連れられ歩いている。
 な、なんで凰華と碧がっ? 捕まったのかっ?
 皇は困惑を隠せない。鉄格子を握り、声を張り上げる。
「一葉はっ? 二子さんは無事なのかっ?」
「うるさいぞ! この二人は自首したのだ!」
 『ケイサー』の一人が怒鳴った。
「じ、自首っ?」
 嘘だろっ?
 膝から崩れ落ちそうになる皇。その瞬間、凰華、碧と目が合った。
「!」
 碧が控え目にウィンクしたのを見て、皇は全てを察した。
 それ故に騒ぐ。
「なんで自首したんだよ! バカやろう!」
「黙れ!」
 『ケイサー』が鉄格子をおもいっきり蹴り飛ばした。皇は尻餅をつく。
「バカは貴様だ! この二人は貴様よりはよっぽど懸命だぞ!」
 言い捨て、『ケイサー』は凰華と碧を連れていく。皇達の牢からやや離れた場所に二人を入れた。
 そこに別の『ケイサー』が現れる。
「おい、また通報らしいぞ!」
「またか? どうせ悪戯だろ?」
「だからって無視はまずいだろ?」
「はぁ、そうだな。今日何件目だよ……」
 愚痴りながら、『ケイサー』達は慌てて去っていった。
 皇は不敵な笑みを零す。

 太陽が街に沈んだ時分。
 『ケイサーベース』の前に女の子が一人。
「貴様、何者だ?」
 門番の『ケイサー』が尋ねると、女の子、一葉は唐突に剣を抜いた。
「なっ? おい、きさ……」
 ドガッ。
 一葉は『ケイサー』を叩き伏せた。驚きに目を丸くしている他の『ケイサー』達に、剣の切っ先を向ける。
「斬庭を出しなさい! 皇の復讐よ!」
 多くの『ケイサー』が集まってくる。彼らを端から切り伏せていく一葉。
「次っ!」
 一葉が叫ぶと、彼女を取り囲んでいた『ケイサー』達が後退する。彼女の気迫の前に、彼らは全員攻めあぐねていた。
「おのれぇ……」
 苦々しく呟く『ケイサー』の横を、一陣の風が吹き抜ける。
 黒い風から槍の切っ先が出現。一葉に襲いかかった。
 一葉は必死にそれを剣で防ぐ。が、凄まじい威力に体が吹き飛ばされた。
 お出ましね……。
 一葉は苦笑する。
 風が停止した。中から黒い馬に乗っている斬庭が現れる。漆黒の風は高速で移動していた斬庭だったのだ。
「女、ご苦労だったな。わざわざ殺されに来てくれて」
 斬庭は槍を振り上げた。
「それはこっちの台詞よ!」
 体勢を立て直しながら、一葉は剣を振り上げる。切っ先を斬庭に突きつけた。
「小娘が。『ケイサー』を舐めるなよ!」
 BATTLE!!
 一葉と斬庭の一騎打ちが幕を開ける。
 斬庭のターン。
「ぬぅん!」
 小細工一切なし。単なる『突き』。しかし、その威力は激烈。一葉の左肩を貫いた。
 やっぱり半端ないわね……。
 骨まで砕かれた肩を見て、一葉は苦笑する。
 続けて斬庭のターン。斬庭は槍を回転させた。空気を巻き込みながら、一葉の側頭部に石突きを叩き込む。
 鈍い音がした。
 一葉は吹っ飛ばされる。地面を滑り、全身が傷だらけになった。
 一葉のターン。
 あたしの目的は勝つことじゃないわ……。
 作戦を思い出しつつ、一葉は起き上がる。頭から鮮血が垂れた。
 それを拭い、一葉は剣を振り上げた。駆け出し、白刃を煌めかせる。狙いは斬庭。ではなくその下。彼の乗る馬だ。その黒い脚を一本斬り落とした。
バランスを崩した馬は地に伏せる。伴い、背に乗っていた斬庭も倒れた。
 ここよ。
 一葉は走り出す。斬庭にとどめをさすため、ではない。倒れたくらいでは彼に隙などないからだ。では何故駆けるのかというと、逃げるためだ。一葉は斬庭から一目散に逃げ出した。
「小娘があぁー!」
 起き上がった斬庭は怒り心頭。槍を振り回しながら、一葉を追随する。
 懸命に脚を躍動させつつ、振り返る一葉。
 よし。第一段階は成功ね。
 迫りくる恐怖を押し殺し、一葉は笑ってみせた。
プロフィール
ゆない。と申します。

ゆない。

Author:ゆない。
ゆない。です! 作家を目指してます!

Author:ワキオ
ゆない。と共に作家を目指しています!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
読者様カウンター
訪問ありがとうございます!
ランキング
ゆない。のランキングです。

FC2Blog Ranking

ブロとも一覧
ゆない。のブロともですよ!

kitutukiブログ~みんなの趣味日記~

Stories of fate

君の知らない玉手箱

草を食む時間 ~The Grazing Time~

ajggjgjgdrikdikfff

月と氷

ようこそここへ!

夢の島を遊ぶ

あかねいろ*

かき氷2色スペシャル

カミツレが咲く街で

空のぺえじ

狂原さんのクルクル日記
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
小説・文学
3424位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
オリジナル小説
827位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ゆない。がオススメするブログです! こちらもぜひ!
ブロとも申請フォーム
皆さんブロともになってください!

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。